しかしこうしてとりあえず死に直結するような問題が取り除かれてみますと、いかにネガティブ思考が自分に根付いているかがちょくちょく感じられます。別に感じる必要のない不安要素をついつい探しているような、そういう瞬間が結構頻繁にある。人間の頭はたぶん、ある感情に向けられた思考パターンにいろんなものを配置して工場みたいにそれを動かし続けている状態が最も安定であるように出来ていて、目標となるある感情はお馴染みのものであれば社会的になんと呼ばれているものであっても問題ないのだろうと思います。そんなわけでそれが僕にとってはネガティブな感情で、無意識は一所懸命そういうものを生産してくるのですが意識からしたらそれは今需要ないよって感じで、なんだか滑稽な空回りをしています。
あるいはそういう生産作業を客観視するから滑稽に映るのかもしれません。いずれにせよ今のうちに色々な部分を変えてみて試してみようかなって感じです。今を逃したらしばらく機会を失うでしょうから。
とかなんとか書きながら、ふと、今って死ぬのにうってつけのタイミングでもあるなと気づきました。
大学に受かったときほどではないですけど、死ぬなら今のうちかもなあ、と。逆に言うと今を逃すと更に死ぬことがままならなくなるだろうと想像できます。うーん、どうしようか。
まあ、奨学金とか返してないことですし、そう上手くもいかないですね、現実的には。
若い人間に返せる程度の借金を負わせるというこのシステムは結構自殺を減らすのに役立っているのだろうなと思います。逆に老人たちは若い人間にお金を貸すシステムをもっと作ればいいんじゃない?とも思います。
個人的には少なからぬ怨恨を抱いていますけど。なんていうか、ありがた迷惑?
とまあ結局暗い感じの話題に展開するのだから本当にどうしようもないですね。いや、主観的には明るい死の話ですけど、一般的にはそう見えないでしょうし。
最後にせっかく給料がもらえる立場になるのだから、今現金によって得ることのできる欲しいものをリストアップしてみます。
・洗濯機
・iPad
・新しい部屋
・ヘッドフォンアンプ
・テノリオン
・自転車
・工具一式
・PS3
・いろんなDVD、CD、ブルーレイ
・外出用ヘッドフォン
まあ、きっと、生きるのであれば、全部なんとかなるでしょう。
しかし、今午前三時五十分近くか。当面の課題は生活リズムの改善ですね。ちゃんと起きれるのか?まったく・・・。
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