画面の中で私がため息をついている。しかし父も母もそれを気に止める様子もなく黙々と食事を続けていた。モナカにいたってはテーブルの下で微動だにせず寝ている始末だ。
「この季節さあ、憂鬱になってしまうよね」
「いいんじゃない、少しはお淑やかに見えて」と母はあっさり切り返す。
「うん、季節によって自分の足りない部分を補うというのは、なかなか詩的かもね」と父。「しかしそれでは逆説的に常に欠けているから、いっそ毎日四季を満喫するといい」
「あの、私ってそんなに駄目駄目でございましょうか?」
「いや、そんなことは言ってないよ」
「そうね、そんなことは言ってないわ。自分を卑下するのはよしなさい」
「これも立派な家庭内暴力だよね」私は小声で言った。
「ふむ、僕らが立派だから、家庭内暴力も立派になるのかな」
「どうしても滲み出てしまうものね」母が無駄に優雅に首を振る。
「そうじゃないってば」私は頭をおさえた。
父と母が少しだけアイコンタクトを交わす。そのとき、高いヤカンの音が鳴った。母が立ち上がり、キッチンの方に消えて行く。
「ふたりとも、コーヒーは?」
「飲むぅ」
「僕もいただくよ」
返事をしたあと父は食事を続けていたが、いつまでも頭をおさえている私を少し気にしているようだった。
「瑠衣、これは秘密だけどね」父はぎりぎり聞き取れる声で話しだした。「幾子さんもずっと昔、君と同じようなことを言っていたよ」
「なんて?」私は頭を上げ、同じくらい小さな声で聞き返した。
「春になると憂鬱だって。どうして、って聞いたら、職場に新人が入るから歳を取ったことを自覚してしまうって。でもしばらくしたらなんにも言わなくなった」
「どうして?」
「常に自覚出来るようになったか、その逆か、いずれかだね」
私は一瞬母の方を見て吹き出した。
「内緒だよ」
父の言葉に私は笑いながら頷いた。
「楽しそうですこと」コーヒーカップをテーブルに置きながら母。「よくわからないけど、怒った方がよさそうな雰囲気ね」
「雰囲気で怒るのは政治家の仕事だよ」と父。「君が政治家に向かないとは言わないが、道は険しいよ」
「雅文さん」
「うん。ごめん」
「ったくもう」
私は損な二人のやりとりを見ながら笑い続けていた。
「そういえば瑠衣、在学証明書はちゃんともらってきた?」
「あ」
「あ、じゃないでしょ」
「えへへ」
「えへへじゃない。せっかく明日市役所に行く予定があったのに」
「ごめんなさい」
「まあ、別にいいけど。手続きは自分で済ませなさいね」
「えー」
「いい機会じゃない。ここを出たら自分でやらなくちゃいけなくなるんだから、今のうちに慣れておきなさい」
「やだよ、めんどくさい」
「自分のずぼらさを反省しなさい」と父が横槍を入れる。
「父さんにはあんまり言われたくないよ」
「ほう」
「そう言えば、雅文さんって、役所に手続きをしに行ったこと、ないんじゃない」
「ほう」
「そうなの?」私は母に聞いた。
「うん。大学を出てからずっと私がやってあげていたし」
「ほう」
「そうなんだ。え、でもあの、婚姻届だっけ?あれは一緒に行くんじゃないの?」
「その予定だったんだけどね。どうして私、一人で届出をしに行ったのかしらね」母は不気味な微笑を父に向けた。
「ほう」
「なにさっきから、ほうほう言ってるの」
「フクロウですから」
「面白くありません」母は真顔で一蹴した。
「ほう・・・」沈黙が一瞬。そして父は頭を下げた。「はい、あのときはすみませんでした。深く反省しております」
「瑠衣、男の人がこう言ってるときは、時計でも見ておきなさい。流されたらだめよ」
「だってさ、父さん」
「父さん以外の男の場合は、と記憶しておきなさい」その年に50になる父が、口を尖らせて言った。
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