2010年4月8日木曜日

ある平穏

 昔の話です。大きな国の東の端に小さな村がありました。村は森に覆われていて、森の中にはたくさんの良い動物と悪い動物が暮らしていました。村人たちは神様との約束を守りながら、木を切り、実をもぎり、花を摘み、そして動物たちの命をわけてもらって生活していました。けれど中には良くない村人もいて、彼らは神様との約束を破っていました。しかも彼らはずる賢く、他の良い村人たちに紛れて生活をしていました。ですから村人たちは一体誰が良くない村人なのかわからず、みんな困ってしまっていました。

 さて。この村の外れに一軒の木こりの家がありました。その家には可愛らしい歌の上手な女の子が住んでいました。女の子は、本当の名前は違うのですが、自分のことをポーラと呼んでいました。大人たちは女の子に、どうしてポーラなの、と尋ねましたがそれは彼女だけの大事な秘密でした――

 いいえ、それは本当のことではありません。

 女の子は、それを自分だけの秘密だと思っていましたが、実はそれを知っている人が村にいました。そしてその人は、悪い村人でした。

 悪い村人はそのことがいつか自分にとってとても大きな障害になることを知っていました。だから女の子が大きくなる前に、なんとかしようと考えていたのです。

 女の子は木こりの一家と血が繋がっていませんでした。5年前、木こりが赤ん坊だった女の子を森の中で見つけたのです。木こりは大変真面目な性格だったので、悩みました。こんなところに赤ん坊である女の子を置き去りにしてしまったら、悪い動物に襲われてしまうことでしょう。けれど森から村へ持ってきていい命の種類は神様との約束で決められていました。そしてその持ってきてもいいものの中に人間の女の子が入っていなかったのです。

 木こりは大変悩みました。悩んで悩んで、そして結局女の子を連れて帰る事にしました。

 木こりの奥さんはその赤ん坊を見てびっくりしました。でもすぐに、これはきっと神様が自分たちにくださった幸福なんだと思いました。木こりの両親は神様との約束を破ったことになるのではないかと心配しましたが、すぐに何も言わなくなりました。木こりの一家はみんな、いつの間にか女の子が大好きになっていたのです。

 ところで女の子には毎朝決められた仕事がありました。それは森に入って川の水を桶に汲んでくることでした。その仕事は女の子が自分からやりたいと言い出したことでした。木こりの奥さんは心配性なので、そんなことはしなくていいといつも言うのですが、彼女が朝目覚めるともう既に汲まれた水が用意されているのでした。

 女の子が水を汲みに出かけると、ときどき猟師に出会いました。猟師はいつもキョロキョロしていて、その様子につい女の子は笑ってしまうのでした。

 そんなある日、女の子がいつものように水を汲んで帰ろうとしていると、ふと木の根元に咲く白い花に気づきました。真っ白い、今まで見たこともないような花です。女の子はしばらくその花に目を奪われた後、これをみんなにも見せてあげようと考えました。けれど両手は桶で塞がっています。そこで女の子は髪飾りのように花を髪に挿してみました。

 「おはよう」

 突然声をかけられて女の子は驚きました。振り返ってみると、いつもの猟師でした。女の子は彼に挨拶を返しました。

 「今日も早いね」

 猟師はいつもどおりキョロキョロしながら言いました。けれど今まで彼の方から話しかけられたことはありません。

 「なにか御用ですか?」女の子は尋ねました。

 「その花・・・、綺麗だね」猟師は笑ってみせましたが、その笑顔は少し不気味に感じました。「いや、そのね、ちょっと村長さんが君に話があるそうなんだ」

 「ポーラに?」女の子は首をかしげます。「んと、わかりました。後で行きます」

 けれど女の子の言葉に、猟師は首を横に振りました。

 「いや、今すぐに来て欲しいらしいんだよ」

 「え、なぜですか」

 「さあ、私はただ頼まれただけだから」

 「でも、これを運んでしまわないと」女の子は桶を掲げてみせました。

 「だけど私に頼むくらいだから、村長さんも相当急いでいるんだと思うよ」

 村長の家は村のちょうど中心にありました。木こりの家に帰ってから行くとなるとかなりの時間がかかってしまいます。女の子は悩みましたが、結局桶をここに置いて村長の家へ向かうことにしました。

 「近道があるんだ。付いておいで」

 そう言って猟師は歩き出しました。女の子は彼の後に従って行きました。


 30分ほど歩いて女の子と猟師は村長の家に着きました。女の子は猟師にお礼を言って彼と別れると、村長の家のドアをノックしました。

 「すみません、ポーラです」

 しばらく待っているとドアは外側に開き、体の大きな老人が現れました。女の子は少し身構えながら老人を見上げました。老人は黙って女の子を見下ろしています。

 「あの、村長さん、おはようございます。猟師のおじさんが、呼んでるって」

 「お入り」

 女の子が話し終える前に村長はドアを開けたまま中へ入っていってしまいました。女の子は躊躇いましたが、このまま帰ってしまうわけにもいかないのでドアの向こうへ進みました。

 「こっちだ」村長は右手のドアを開け女の子を導きました。「さあ」

 部屋のなかは広く、女の子は落ち着かない様子であたりを見回しました。大きな暖炉、大きなテーブル、大きなランプ、大きな椅子。村長さんの体が大きいから、みんな全部大きいのかな、と女の子は思いました。

 「そこに座りなさい」

 しかし村長の指した椅子は女の子には大きすぎるように思えました。

 「あの、子供用のはないのですか」

 「この家では子供と大人の区別はない。だからお座り」

 女の子はそれじゃあと赤い飾りのついた椅子に腰掛けました。慣れない目線の高さに落ち着かない気分です。そのうえ村長は女の子の正面に座ったまま黙ってしまったので、どうしたらいいのかわかりません。それに相手は村長ですから失礼な振る舞いはできません。どんな振る舞いが失礼のないものなのか女の子は知りませんでしたが、少なくとも椅子を前後に揺らすのは我慢していました。

 女の子がお尻に敷いた手の感覚がなくなったとき、ようやく村長は口を開きました。

 「君の家族の調子はどうだね」

 「はあ、どうって、普通ですけど」

 「そうか。それはなによりだ」

 なにより何だというのだろう。女の子は思いましたが、口を紡ぎました。そして村長の視線から逃れるために、彼の大きな左手をじっと見ていました。それはとても大きな手で、きっと自分だったら動かせないだろうと感じました。

 沈黙が続き、女の子はだんだん飽き始めました。朝食もまだでしたので、いつお腹が鳴ってもおかしくありません。村長の右手はかすかに震えているのですが、それ以上に大きな動きはこの部屋にありませんでした。

 「あの、すみません。家族が心配してると思うので、一回帰っていいですか。また来ますから」

 「君は、今の生活に不満はないかね」

 「はあ」

 この状況も今の生活の中に入れるなら不満はあると思いましたが、女の子はとりあえず頷きました。

 「そうか。ところで君は、昔この村にいたポーラという女性を知っているかね?君と同じ、青い目をした」

 「いえ、知りませんけど。どうして、ワタシにそれを?」

 「いや・・・。知らないならいいんだ」

 そうしてようやく女の子は開放され、村長の家を出ることができました。

 「なにか困った事があったら、いつでも来なさい」

 「はあ」

 女の子は村長の顔を見上げました。その目は女の子に向けられていましたが、きっと自分を見ているのではないんだな、となぜだか思いました。そして、よくわかりませんが、なんとなく慰めてあげなくてはいけないように感じました。

 「村長さんも、なにかあったら、いつでも呼んでください」

 「ああ・・・。うん、きっと、そうするよ」

 「それでは、さようなら」

 女の子はお辞儀をして、立ち去ろうとしました。けれどそれを大きな手が、右肩を捕まえまえて阻みました。

 「なんですか?」

 「ああ、うん。その頭に挿した花。それを良かったら譲って貰えないか」

 「これですか?いいですよ」

 女の子はその花を村長に差し出しました。すると代わりに、手のひらに何かが乗せられました。見ると綺麗な金色の指輪です。

 「これは?」

 「花のお礼だ。でも、誰にも見せてはいけないよ。儂から貰ったというのも内緒だ」

 「わかりました。ありがとうございます」

 女の子はもう一度お辞儀をして、歩き出しました。そしてもう二度と女の子は村長と会うことはありませんでした。

 女の子が去っていくのを村長はずっと見ていました。

 「さよならポーラ」

 けれどそのつぶやきが誰かに届くことはありませんでした。


 帰宅した女の子は叱られることを覚悟していましたが、家族の誰も叱ることはありませんでした。木こりの奥さんだけが、女の子に尋ねました。

 「どこかに行ってきたの?」

 「ううん。森で眠くなっちゃって、気がついたらこんな時間だったの」

 女の子は答えました。

 そうして村はいつもどおりの昼を迎え、夜を乗り越え、また朝にたどり着きます。それをなんども繰り返し、全てが流されていきました。しかたがないことだわ。女の子は思いました。すべて、神様がお決めになることなのだから。

 女の子は自分を悪い村人だと知っていましたが、誰からも、神様からも、罰せられることはありませんでした。

 女の子は、一生幸せに暮らしましたとさ。

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