「別に自殺の方法なんて、いくらでもあるじゃないですか。衝動的な行動だってのは、まあわかりますけどぉ、別に電車以外だってその衝動を引き出すでしょうに」
「だから、そういう奴らは別の方法で死んでんだろ。東京の自殺者が全員電車で死んでるわけじゃない」
僕は辛うじて開く視界の中で上司の姿を捉えた。若干飲みすぎている自覚はあるものの、僕はアルコールに弱い反面冷めるのも早い。だからこれくらい大した事はない。それとも、そんな判断をするということ自体、酔いすぎている証拠だろうか。
「そうですけど、でもぉ」
「それに、死ぬ側にだって事情はある。わかってやれとは言わんが」
「なんですか、事情って。色々生きてるのが辛い、ってことですか。そんなん、そうかもしれませんけど、でもだったらせめて迷惑の掛からないように、って考えません?普通」
「まあ、そうだな。うん、お前にはそう思って不満を口にする権利があると思う」
引っ掛かりのある言い方。この人はいつもそうだ。馬鹿にされてるんだろうか。確かに、馬鹿ですけど。でもなんか気に入らない。残っていたビールを飲み干す。美味しくない。罰ゲームかと思う。
「そろそろ帰るか。それとも少し酔いを覚ますか」
「清水さんは、どう思っているんです?迷惑だって思わないんですか」
「俺は、もうなんとも思わんよ。天候が荒れるのと一緒だ。ないに越したことはないが、あっても、どうということはない」
「罪悪感、とかって、感じませんか?」
「ああ。それに」
清水が言い淀んだので、僕は目を開けた。世界がまぶしい。テーブルの上の食い物が、全部汚らしく見える。なんとか顔を上げると、清水は眉間に手を当てていた。案外、彼も酔っ払っているのだろうか。
「それに、なんですか」
「いや、やめておこう」
「そんなのずるいですよ。だって僕ら、共犯でしょ」
自分の言葉に、急に感情がずたずたになった。映像がフラッシュバックする。吐き気を催して、僕は立ち上がりトイレに駆け込んだ。
胃の中身を全部出すと、虚しさがまた広がっていった。こうやって繰り返して、だんだん慣れていくんだろうか。同期で入った青白い顔をした男のことを思い出す。「人が目の前で死んで平気だなんて、あんたらおかしいよ」名前なんて覚えていないけれど、奴が辞めていくときに吐いてたその言葉だけは、たぶんずっと忘れないだろう。
鏡を見た。そこには死神に憑かれたような情けない自分がいた。触れてやると、鏡は冷たく心地よかった。
「すみません。お騒がせしました」
「いや、若いときはよくあることだ」
「はい」
言い返したい言葉を飲み込む。それが大人。目の前の出来事を機械的にこなす。そういう大人になろうと決めた。そう自分で決めたんじゃないか。
どこにも感情をとどめず、誰にも何も思わず、人生をやり過ごそうと。
微笑んでみた。問題はない。これで何も問題はない。
「お前と俺とでは、そもそも前提が違うんだ。だから自殺者に対して思うところも違う。参考にならないことだから、言わない方がいいと考えた」
もういいですよ、大丈夫です。言おうとしたけれど、微笑んだまま僕は、どうやって言葉を出せばいいのか思い出せなかった。
「俺の姉がな、自殺したんだ。電車でな。日記を読んで、ずっと前からそうしようとしていたことがわかった。だから俺はこの仕事に就いた。馬鹿だろう?カウンセラーにでもなった方が、よほどまともだ」
僕は首を横に振った。そんな顔をされても、僕には何も言葉はない。やめて下さい、貴方はずっと、立派な人です。
帰り道。
警報機が鳴って、遮断機が降りる。
目の前を電車が過ぎる。
その行く先がずっと平穏であることを、僕は祈った。
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