映し出された画面には見慣れた我が家のダイニング。黒ずんだテーブルと椅子が4つ。改めて見ると白い壁が黄ばんでいる。ヘビースモーカーの父のせいだ。
「瑠衣ぃー」画面の外から母の大声。 「なにぃ」私の声が小さく答える。
「ごはーん」
「うーん」
「早く来ないと、モナカに全部あげちゃうよー」名前を呼ばれた愛犬が荒い呼吸で母の元へ走っていく。
「今行くー」
やがて階段を降りる足音が聞こえてきて、私が姿を現した。
「あれ?父さんは」
「そこで寝てるでしょ。起こしてあげて」
「おわ、ホントだ」
父はソファで寝ているらしい。私はそっちに歩いていった。
「父さん、ご飯だよ」
すると父のうめき声。大げさなあくび。そして盛大なおならの音。
「やだ、もうちょっとさあ、清々しく起きてよ」私の笑い声。
「清々しいぞ・・・。だからこそ体内の良くないものが出てったんだ。あまりの清々しさに耐えきれず」と父。
「最悪だよ、もう」
父と私がふざけたやりとりをしている間に、母がテーブルに料理を持った皿を運んで行く。母の足元ではモナカがぐるぐる回っていた。そうやって手伝っているつもりらしい。
「モナカのご飯はまだだよ」
けれどモナカは母の言葉を逆に受け取ったらしく、さらに頑張って回る。
「あれぇ、今日なんかちょっと豪華だね」戻ってきた私が揚げ物をつまみ食いした。確かあれはカニクリームコロッケだったはず。「うん、美味しい」
「へえ、本当だ。まあ、美味しいのはいつものことだけどね」私の後に続いて父もつまみ食いをする。
「そう思うならさっさと準備を手伝ってください」
「はぁい」母の言葉に私たちは返事をした。
「あれ、今日ってなんかの日だっけ?それとも何かいいことあったの?」と私。
「うーん、まあ、ね」母は照れたように答えた。
「えー、なになに?」
「秘密」
「えーっ」私は不満げな声を出す。「父さん知ってる?」
「知ってるような、知らないような」
「なにそれ?」
「保険」
父の冗談に母だけ笑った。
「心配しなくても、アナタの知らないことですよ」
「へえ、それじゃ僕も教えて欲しいな」
「うん」
母は、一瞬だけこちらを見て、微笑んだ。
「今日で最後だから」
「何が?」準備が終わったらしく、私は椅子に座りながら聞いた。
「内緒」
「えー」私が大げさに顔をしかめている。「あっ、わかった。ダイエットが今日で終わりってことでしょ。でもこれじゃ私まで太っちゃいそう」
「ちーがーうーよ」冗談めかして母は言った。
そして全員が席に着く。
「あのさ、前から言おうと思ってたけど、幾子さんさ、瑠衣に甘いよね」と父。
「あら、どうして」
「だって、僕がさっきの瑠衣みたいなこと言ったら、怒るでしょ?」
「雅文さんが言うのとは意味が全く違うからです」はねつけるように母が言った。
「理解できない」
「できなくて結構」
「いい歳して仲がいいね、ホント」と私が茶化す。
「まあ、それでは、何かの終りを祝しつつ、いただきます」
「いただきます」私と母が父の後に従った。
いつの間にかテーブルの下に潜り込んでいたモナカが大きくあくびをする。いつもそうやって拗ねるのだ。
「おわ、このグラタンめちゃくちゃ美味しいね」
「食べながら喋らない」父が冷静に私を叱った。
「だって、これは不可抗力だよ」
「抵抗可能だ」
「はぁい」
「そんなに気に入ったなら今度作り方をレクチャーしてあげよう」母は言った。
「いや、それはいいよ。私には無理」
私の言葉に母はため息をついた。
「そんなことでどうするのよ、瑠衣。来年から自炊するんでしょ。お母さん心配だわ」
「大丈夫だよ。食べられるものは一応作れるし、美味しいものが食べたくなったらさ、ウチに戻ってくればいいんだもん」
「なるほど。それは良い考えだね」父は大きく頷いた。
「もう・・・、勝手にしなさい」
「勝手にしまぁす」
父と私は笑った。母は呆れたように、やがて穏やかに笑った。
9時のサイレンが遠くから響き、モナカがそれに合わせて細い遠吠えをする。
そして和やかな食事は続き、映像は途中で切れた。
私はしばらく目を瞑った。
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