2010年4月12日月曜日

家族の風景#23

 映し出された画面には見慣れた我が家のダイニング。黒ずんだテーブルと椅子が4つ。改めて見ると白い壁が黄ばんでいる。ヘビースモーカーの父のせいだ。
 「瑠衣ぃー」画面の外から母の大声。
 「なにぃ」私の声が小さく答える。
 「ごはーん」
 「うーん」
 「早く来ないと、モナカに全部あげちゃうよー」名前を呼ばれた愛犬が荒い呼吸で母の元へ走っていく。
 「今行くー」
 やがて階段を降りる足音が聞こえてきて、私が姿を現した。
 「あれ?父さんは」
 「そこで寝てるでしょ。起こしてあげて」
 「おわ、ホントだ」
 父はソファで寝ているらしい。私はそっちに歩いていった。
 「父さん、ご飯だよ」
 すると父のうめき声。大げさなあくび。そして盛大なおならの音。
 「やだ、もうちょっとさあ、清々しく起きてよ」私の笑い声。
 「清々しいぞ・・・。だからこそ体内の良くないものが出てったんだ。あまりの清々しさに耐えきれず」と父。
 「最悪だよ、もう」
 父と私がふざけたやりとりをしている間に、母がテーブルに料理を持った皿を運んで行く。母の足元ではモナカがぐるぐる回っていた。そうやって手伝っているつもりらしい。
 「モナカのご飯はまだだよ」
 けれどモナカは母の言葉を逆に受け取ったらしく、さらに頑張って回る。
 「あれぇ、今日なんかちょっと豪華だね」戻ってきた私が揚げ物をつまみ食いした。確かあれはカニクリームコロッケだったはず。「うん、美味しい」
 「へえ、本当だ。まあ、美味しいのはいつものことだけどね」私の後に続いて父もつまみ食いをする。
 「そう思うならさっさと準備を手伝ってください」
 「はぁい」母の言葉に私たちは返事をした。
 「あれ、今日ってなんかの日だっけ?それとも何かいいことあったの?」と私。
 「うーん、まあ、ね」母は照れたように答えた。
 「えー、なになに?」
 「秘密」
 「えーっ」私は不満げな声を出す。「父さん知ってる?」
 「知ってるような、知らないような」
 「なにそれ?」
 「保険」
 父の冗談に母だけ笑った。
 「心配しなくても、アナタの知らないことですよ」
 「へえ、それじゃ僕も教えて欲しいな」
 「うん」
 母は、一瞬だけこちらを見て、微笑んだ。
 「今日で最後だから」
 「何が?」準備が終わったらしく、私は椅子に座りながら聞いた。
 「内緒」
 「えー」私が大げさに顔をしかめている。「あっ、わかった。ダイエットが今日で終わりってことでしょ。でもこれじゃ私まで太っちゃいそう」
 「ちーがーうーよ」冗談めかして母は言った。
 そして全員が席に着く。
 「あのさ、前から言おうと思ってたけど、幾子さんさ、瑠衣に甘いよね」と父。
 「あら、どうして」
 「だって、僕がさっきの瑠衣みたいなこと言ったら、怒るでしょ?」
 「雅文さんが言うのとは意味が全く違うからです」はねつけるように母が言った。
 「理解できない」
 「できなくて結構」
 「いい歳して仲がいいね、ホント」と私が茶化す。
 「まあ、それでは、何かの終りを祝しつつ、いただきます」
 「いただきます」私と母が父の後に従った。
 いつの間にかテーブルの下に潜り込んでいたモナカが大きくあくびをする。いつもそうやって拗ねるのだ。
 「おわ、このグラタンめちゃくちゃ美味しいね」
 「食べながら喋らない」父が冷静に私を叱った。
 「だって、これは不可抗力だよ」
 「抵抗可能だ」
 「はぁい」
 「そんなに気に入ったなら今度作り方をレクチャーしてあげよう」母は言った。
 「いや、それはいいよ。私には無理」
 私の言葉に母はため息をついた。
 「そんなことでどうするのよ、瑠衣。来年から自炊するんでしょ。お母さん心配だわ」
 「大丈夫だよ。食べられるものは一応作れるし、美味しいものが食べたくなったらさ、ウチに戻ってくればいいんだもん」
 「なるほど。それは良い考えだね」父は大きく頷いた。
 「もう・・・、勝手にしなさい」
 「勝手にしまぁす」
 父と私は笑った。母は呆れたように、やがて穏やかに笑った。
 9時のサイレンが遠くから響き、モナカがそれに合わせて細い遠吠えをする。
 そして和やかな食事は続き、映像は途中で切れた。
 私はしばらく目を瞑った。

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