2014年6月5日木曜日

愉快な逃避行

 最近、仕事中にしょうもない書き間違いや勘違いで無性に笑ってしまうことが多い。笑いのハードルが如実に低くなっているのを感じる。それで、気付いたことがある。忙しさ、余裕の無さと笑いのハードルは相関関係にあるということだ。つまり、昔は年長者がくだらない冗談を言ったりしていると呆れたり困ったりしていたが、それはつまり彼らが忙しかったり余裕が無かったりしたということなのだ。
 この現象の理由は、逃避の欲求にある。面白いという感情は、その状態へ意識を向かわせるためにある。つまり、意識が疲弊した環境に置かれ続けると、そこからなんとか抜け出たようとし、そのきっかけである面白いという感情、笑いを誘発しやすくなる、というわけだ。
 これは自覚的であったほうが良い。もしこの状態が末期になれば、もはやすべてが面白おかしく感じられるようになり、主観的には全方向極彩色のパラダイスと化すが、周囲から見たらコミュニケーション不可能な少なくとも関わりたくないアレな人である。そんな極端な状態に至らずとも、今まで培ってきた価値観、感性がこんなことで歪んでしまうのは大変残念なことである。面白さ、向かいたい場所、指向性はもっと理想へと向けられるべきだと思うからだ。
 何にでも面白さを見出すというのは資源の無駄遣いになりうる。つまらないものはつまらなくて良いし、笑えないものは笑わなくて良いというドライさを常に忘れずにいたい。

 それとは別に、つまらないことで笑っている人に対して、もっと優しくあっても良いかもしれないと思った。余裕の無さがその奥にある、もしくはあったかもしれないのだから。

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