2011年6月20日月曜日

ウナギと儀式

 20年近く前、僕の実家ではウナギがなりよりもご馳走だった。年に一度、運動会の前の日だけ食べられる。ウナギ専用の漆塗りのお重をわざわざ出して家族みんなで食べるうな重は本当に美味しかった。
 しかし、次第にウナギの価値は落ちていった。最初のきっかけは、祖父がウナギを好き過ぎたせいだと思う。夕飯の食材は祖父が毎日買いに行っていたのだが、僕が小5くらいの時から特別だったはずのウナギの頻度が上がっていった。理由は、今にして思うと、祖父なりの気遣いという部分もあるのだろう。その頃中学1年と3年の兄たちは反抗期真っ盛りで、わりと家庭の順列が崩れかけていたように思う。おそらくこれを何とかしようと考えた祖父が、皆の好物であるウナギを食卓に出すことで円満な雰囲気を作り出そうとしていたのではないか。実際それが効果的であったとは思えないが、しかしそれによって祖父のリミットが壊れてしまったのだろう。当時は月に1度くらいの頻度でウナギだったような気がする。それでも月一のウナギは結構嬉しかったし、運動会前以外はお重を使った豪華なものではなかったので、それとこれとを差別化できていた。
 
 次にウナギの価値が下がったのは僕が中二くらいのときだ。そのときは既に祖父は亡くなっていたのだが、我が家の好物=ウナギという公式は少なくとも母にとって壊れていなかった。そして当時父の看護やら祖母の介護やらで多忙を極めていた母は、手がかからなくかつ不平の心配がないウナギを、祖父をも上回る頻度で食卓に上らせた。大体月に2,3度くらい。ちなみにその頃には運動会前のうな重という特別儀式も廃れていたので、僕達子供は「ま た う な ぎ か」くらいの印象しか受けていなかった。さすがに疲弊しきって若干様子のおかしい母にそんなことを言ったりはしなかったけれど。

 そして僕が高2になった頃、7人家族だった我が家には僕と母の二人きりになった。ウナギの頻度は緩やかに高まったままだった。ひどいときは週一くらいでウナギを食っていたと思う。母にしてみれば、仕事で一人夕食を食わせていることへのわびだったのかもしれない。僕にとっては、もうとっくにご馳走でも何でもなかったし、なんというか、かえってわびしい感じがしていた。もちろん言わなかったけどね、そんなこと。


 我々が何かを楽しむには、なんらかの儀式的な部分が有効だと思うのだ。Aだから楽しいと決めてしまい、Aに付随していた要素を取り払い、Aのみを繰り返したら、人間は対象がなんであれすぐに消耗してしまう。
 ウナギは一年に一度だから特別で、美味しかった。わざわざお重に装うのも、運動会の前だけというのもとても大事で、その約束をずっと守ることでウナギのたびに鮮明で重厚な記憶の地層を味わい共有し楽しむことができたのだと思う。

 他にも例えばヘッドフォン。高価なものを買えば当然音が良い。しかしその音に慣れてしまい感動を忘れれば、それを基準に他を排除するくらいの機能しかない。はっきり言ってそんなものに価値はない。
 1万円を超えるヘッドフォンであれば、少なくとも僕にとっては多かれ少なかれ「おっ」と思うような音を聴かせてくれる。何よりも大事で価値があるのは、神経を研ぎ澄まして音楽を聴く姿勢である。より高価なヘッドフォンは「おっ」と思わせる部分が大きい。この部分を意識しそれに真摯に向かう姿勢のなかに価値がある。
 あるいは好きなアーティストの新曲も最初に「おっ」と思わせられる。それを味わうために色々環境を整えることは、自分を儀式の中に組み込み、自らの神経を研ぎ澄ますのには役に立つ。しかし必ずしも必要な要素ではない。その準備さえ自分の側にあれば、雑音混じりのラジオの中からだって十分良い音を聴き取り「おおっ」と感動することはできるのだ。

 大人になって余裕を無くして、便利な方や楽な方、簡単な方に流れるのは容易い。現代の世にはお手軽に楽しめる要素がそこらじゅうにばらまかれているから、次々と消費し続けるのもありだろう。
 けれど僕は、自分がより楽しむために最適な儀式を模索したり、仰々しく回りくどい手順を作り出していくのがどちらかと言えば理想的な大人になり方だと思う。大事なのは、誰かにとっての儀式が自分にとって最適解ではないということ。自分のための儀式は、自分で見つけなければならない、と思うわけです。

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