2011年6月10日金曜日

Jack and say, ケン坊 show

 君は意外と抜けてるよね、という指摘を受けたことは少なくない。自分ではそんなこと意外でもなんでもないと思っているので、むしろなぜ意外というのだろうと不思議に感じる。理屈を捏ねれば、その自分の短所をカバーするために、まるでそんなことをしない感じを装っているのだろう。攻撃されるのを、意外性のバリアで防御しているというわけだ。しかしそんなものが一時的にしか機能しないことは目に見えている。たぶん人との付き合いを短期にしか想定していない現れなのだろう。もしくはその場しのぎ的な。

 まあそんな抜けている人間なので、ついうっかり何かを忘れたりすることが多い。で、自発的にか指摘されるかして思い出すとき世界が終わったみたいな絶叫を上げるのが常なんだけど、指摘されたことについて全く思い出せないというのはほとんどない。自分という人間を客観的に見ると、これもひとつの防御的特性なのだと思う。つまり、何かを言われたり頼まれたりするとき、そのことを無意識に、一時的に忘れても構わないがあとで必ず思い出す条件のついたフォルダにしまうのだ。そうすれば「あ、一応覚えていたんだ」という皮肉な笑顔で大抵のことはスルーできる。自分としても「覚えてはいたんですよ!一応・・・」というポーズを取れることで安心出来るわけだ。
 しかしこの安心と安全のうっかりシステムにエラーが生じると僕はどうしようもなく狼狽えるらしいということが今日わかった。

 「先日お貸しした〇〇を、返却していただけますか?」
 仕事中、そんなことを言われたわけだが僕は首を傾げるばかり。あんまりにも記憶にないので、勘違いなんじゃないのぉぉぉぉおおおお?とやんわり伝えたところ「そんなハズはない、たしかにその時のことを覚えている」と全否定された。仕方ないので納得いかないまま身の回りを探してみるも見当たらず、もう一度お前の頭は正常でございますかとお伺いをたてることに。しかしやっぱり全否定。鼻で笑って全否定。シャフト角度で全否定。

 こうなると自分自身が疑わしくなってくる。自分はダメなやつと理解しているので、自分を疑い記憶を探ることはなんの抵抗もない。けれど、ダメな自分の生活を保証している安心と安全のうっかりシステムが通常通り動いているならすぐに思い出せるはずなのだ。もちろん保管した場所までは保証できないエコな記憶圧縮を心がけるシステムだから思い出したとしてもたかが知れているんだけど、普通なら覚えているはずの『〇〇を渡された記憶』もあるいはそれに該当しそうな『☓☓さんとのなんらかのやりとり』の記憶も一切無い。
 自分のうっかりシステムは破綻したのだろうか。もしそうであれば保っていたギリギリのポジションは崩壊し、回転灯が赤く回り警報機が喧しく鳴り響く中、娘の写真が入ったロケットを握りしめたあと緊急用のボタンをぶっ叩いて、空に散るしかない。要するに発狂したも同然だよねという話。きゃー。

 しかしシステムの破綻どうこうは別として、自分の記憶にない 自分の行いというのは本当に恐ろしい。なぜならそれは自分というものの非連続性、一貫した唯一の自分があるという幻想の否定だからだ。そしてその恐ろしさはずっと昔におそらくほとんどの人が味わったことがある、一種のトラウマである。
 幼い頃、自分の写真を見せられたことがある。それはクリスマスの時の写真で、僕は二人の兄に挟まれ満面の笑みでもらったプレゼントを大事そうに抱えている。場所は、一番良く知っている自宅の茶の間だ。三人の顔もちゃんと知っている。ただ、そんな写真を取られた記憶も、そんなプレゼントを貰った記憶も全くない。

 まあ、そんな子供の時からの恐怖をいくつも積み重ねて、こんな日常もおぼつかないダメ人間が出来上がるのである。冗談だけど。
 しかし、こういった体験がない、という人もいるかも知れない。ではその人の最古の記憶とはどんなものだろう。ほとんどの人は、そこから少し遡った出来事の話を聞いたりすることで体験できるはずだ。母体の中にいたことさえ記憶している人なんて、僕は真賀田四季くらいしか知らない。

 さておき、僕は僕の現実に戻ると、うっかりシステムが破綻した以上、別の何かを構築しなければならない。幸い記憶に限定すればパソコンだのなんだのを外部記憶装置として今よりちゃんと扱うことでなんとかなるかもしれない。いやまあ、そんな面倒なことをするかと言われたら微妙っすけど。
 案としては、体にマイクを仕込んで24時間録音し、管理保存するとかか。カメラを使って映像でもいいけど、容量的にすぐだめになる気もする。
 人が、覚えていないと社会的に不利益を被る記憶の大半は、人とかかわったときに発生する類のものだから、人との関わりさえ自動的に記録してくれればいいのかもしれない。
 腕時計のような形状のものをすべての人が装着し、何かをやり取りする際はそれをオンにしないとやりとりの法的責任を問えない、あるいは何らかの物理的接触があれば自動的にすべて記録される。となれば、勘違いが減ったり、犯罪が減ったり、痴漢冤罪が少なくなったりするんかね。
 まあ、現実逃避もいいところか。それが あなたの いいと・こ・ろ。
 あれ、なんだっけ、そのCM。

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