2011年4月25日月曜日

ここは地獄だと彼女は言った

同僚の胃がストレスでやられた。この職場のせいで、と彼女は言う。その訴えは僕にとって意外なものだった。
彼女は同僚とは言え厳密な所属と勤務時間帯が異なるため、環境が同一とは言えない。従って僕と彼女の持つ職場に対するイメージが多少ズレているのは当然なのだけど、それにしてもあまりに違いすぎる印象を受けた。

僕にとって、現在の職場は天国のようなものだ。基本的に仕事が少なく、作業を急かされることもない。また、多少ミスをしたところでリスクは殆ど無いし、だから請け負う責任も微小だ。仕事がないときは本を読んでもいいしネットを巡回してもいい。けして誰からも怒られず、誰からも責められない。こんなことで賃金を得てもいいのかと申し訳なくなるくらいに楽な仕事だと思っている。当然、ストレスなんかとは無縁だ。
彼女と僕との認識の差異は、上記の僅かな環境的要因を除けばおそらく次のニ点によって生じていると思われる。

一点目は過去の経験との比較。僕は前職の環境が真っ黒だった。朝七時に出勤し、帰りは終電。一つミスを犯せば意味のない会議が始まり、3時間は簡単に潰れる。基本的に、誰もが誰かを悪く言い、その刹那的な連帯感でチームが保たれる。10人のチームのうちどこも体を壊していない人は4人。実際過労で死んだ人もいる。まあ、そんなところ。
だから今の職場に多少の不満や改善すべき点があっても、なおユートピアのように感じられる。一方、彼女の前職がなんで会ったのかは知らないけれど、ここと同等かそれ以上に優遇された職場だったなら、ここが地獄のように感じられることもあるのだろうと想像する。

もう一点は、職場と自分との関係性の違い。僕はこの職場を一時的なものと捉えている。だから多少自分の理想や思想と異なる運営がなされていても、結局ここに残り続ける人の希望が優先されればいいと思っている。つまり僕にとってはビジネスホテルかあるいはせいぜいアパートのような借宿でしかない。しかし彼女にとってはそうではなく、ずっと勤めていくということはないだろうが、具体的な将来の展望がない状態なのではないかと思われる。理解のために極端化すれば彼女にとってここは家なのである。そうだとしたら、確かに小さな不満も許せないかもしれない。その観点に立てば、怒りや不満やストレスもある程度妥当に思える。

僕から見たら彼女は職場に期待しすぎているように見える。でも、だからといってその期待が全く排除される組織は間違っているようにも思う。彼女の期待は真っ当だ。ただ現実的ではないというだけである。望むのは構わないが、望みなど果てがないということを理解したほうが良いとも思う。つまり、その生き方はとてもつらいのではないかと思うのだ。
やるならもっと計画的に、戦略的に。不満を吐き出し、仲間を作り、改善を期待するのはやり方が好ましくない。それでは赤子と一緒ではないか。
それともその自分のあり方に自覚的ではないのだろうか。


まあ、結局のところ、彼女にあれこれ言っても仕方がないと思う。仕事というのは必ず嫌なことを引き受ける部分が出てくるものだ。他人の愚痴、不平不満に耳を傾けるのもそういう部分に当たるのかもしれない。それによって問題が解決されるかどうかなんて関係がないわけだ。

うーん、それでも、仕組みごと何とかして、解決する方法はないものかと考えてしまう。彼女の苦しみに類似した構造はそこかしこで見受けられるし。うーん。うーん。

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