2016年3月29日火曜日

もなかの話

 2016年3月26日、母から電話があった。もなかが亡くなったという。スピーカ越しに嗚咽を漏らす母の声は、それがもうどうしようもなく事実なんだということを突きつけた。
 もなかが我が家にやってきたのは、14年前の9月だった。でも、もなかとの繋がりをちゃんと記すために、話はもう少し遡る。2000年2月、僕の父は亡くなった。大腸がんだった。僕はまだ中学2年生で、その一連の出来事を上手く処理できないまま、普通に友人らと会話したり、勉強したり、教室の隅っこに座ってぼんやりしたり、要するに不安定な毎日を過ごしていたように思う。幸い、性格的なものもあって、外部に対して発散したりということもなく、ときどき無気力にはなっても、学校を休んだりするほどではなかった。
 そんな感じで日々は過ぎて、仲の良い長男は大学進学のため家を出て、仲の悪い次男は大学受験を控えストレスを募らせたりしていた。母は建設会社の事務として働くようになり、僕は、高校1年になった。高校は自宅から13kmくらいの距離で、自転車でだいたい30分程度。家に帰ると誰もいないことがほとんどだったけれど、それまでの数年で色々あったので、徘徊し出す祖母を食い止めたり、看病に疲れた母と次男がケンカし出したりみたいなことが無い平和な孤独が、僕にとっては居心地が良かった。
 しかし、ある日、その状況にも変化が訪れた。1頭の犬が我が家にやってきた。名前はナナコ。母の勤務先に居着いた犬で、事務所が休みの間、職場の人で順番に世話をすることになったらしい。ちなみに名前の由来は松嶋菜々子で、僕はその発想に少し引いていた。いや、ナナコに悪いところなんて何にもないんだけど。
 ナナコが家に来るようになって、僕は家にいるのが少し好きになった。昔からずっと犬を飼いたいと願っていた。けれど祖父母が犬を飼うことに反対していたから、それは実現できなかった。いろいろ考えると、まあ複雑な気持ちにはなるし、僕という人間は暇を見つけては無駄なことばかりいろいろ考えるから、総じて面倒くさいんだけど、ともあれナナコはかわいかったし、お座りとかお手とかいわゆる芸の類をほぼできるくらいに賢かったし、楽しい日々は続いた。
 そして9月になって、ナナコは子供を産んだ。お相手はどこぞの野良犬だろうけれど、そんなことはどうでもいいことだ。大事なことは、このとき、もなかが産まれたということ。2002年9月15日。白と茶色の混じった、僕のもなかが産まれた。
 母の勤務先の取り決めによって、従業員がそれぞれ子犬を引き取ることになって、うちにも1頭犬が来ることになった。どの子を引き取るか選んで良いということで、土曜日に母の勤務先へ着いて行った。ネットで調べたら、声をかけてみてすぐ近寄ってくる子が良いということだったので、僕はそれを実践しようと思っていた。でも、そんなの、全然意味がなかった。僕は、数頭いた子犬を見て、すぐに、もなかが好きになったし、もなかを呼ぶためのテストはしたけど、そんなのもうただの遊びだった。そういうわけで、もなかが我が家にやって来ることになった。ちなみにもなかという名前は、次男が考えた。理由はよく分からない。でも、よく似合う名前だったので、そう呼ぶことになった。
 もなかが我が家に来て数日、夜になるとナナコが家に来るようになった。どういうことかというと、子供に会いたいナナコが事務所を脱走して、20分くらいの道のりを走り、僕んちにゴール、みたいな。そして翌朝母と一緒に出勤、夜には再度脱走、その繰り返しだった。個人的には、ナナコも大好きだったので、至れり尽くせりというか、子を思うナナコの気持ちも汲んでやりたいし、いっそ2頭とも家で飼えばいいのにと思っていたけれど、結局ナナコは別の従業員の方が引き取ることになり、それ以来、ナナコは家に来なくなった。子を全てちゃんとした家に引き取られて、自身も立派な家で飼われることになって、けれど人間の事情なんか知らないナナコにとって、それはあまり幸せなことではなかったかもしれない。その後、ナナコが夜脱走を試みていたかどうか、知らないけれど、きっと、ナナコもそれから幸せに生きていったと、僕は信じている。
 ともあれ、ナナコが家に来なくなってどうなったかと言えば、毎夜、もなかが、寂しげに鳴くようになった。あんまり寂しげなので、僕も毎夜、もなかに付き添って眠ることになった。大丈夫、大丈夫と撫でながら、数日間玄関で過ごした。そうして夜を過ごし、朝を迎えていくうちに、僕らは本当に家族になったんだと思う。いつの間にか、もなかの夜鳴きは治まって、もなかは「もなか」という名前に慣れていった。

 もなかは、とても臆病で、雷と、花火と、郵便配達員と、隣の家の犬と、グレーチングと、母の怒鳴り声をとても恐れていた。特に雷と花火は、半狂乱になって、何度か脱走してしまったほどだ。一度、もなかが脱走したまま戻らなくなって、夜中に探し回ったことがある。隣人も手伝ってくれて、1時間くらい探してから、結局、自宅の裏で縮こまっているのが発見された。あのとき、どんなに不安な気持ちで名前を呼んで歩き回ったか、見付かってどんなに嬉しかったか、きっと、もなかには全然わからないだろう。「お前は馬鹿だな」と言いながら撫でたことを思い出す。もなかは、ただ、撫でられて喜んでいるようだった。本当に馬鹿で、最高なやつだった。
 もなかと一緒にいると、大抵「もっと撫でて!」「もっと遊んで!」と精一杯絡んでくるので、僕は概ね幸福だったけれども、反面、無駄にいろいろ考えるため、不安がいつもあった。もなかは、いつも呼吸が速かった。鼓動も僕よりずっと早くて、それは犬にしたら当たり前のことなんだろうけれど、その犬の当たり前が僕にはたまらなく嫌だった。「もっと落ち着いて、ゆっくり過ごそう」と何度も提案した。もちろん、それは伝わるはずもなく、最終的にいつも僕らは馬鹿みたいに遊んだ。
 もなかは、手を振りかざして物を投げる振りをすると、何度でも騙されて見えない軌跡を目で追った。それが面白くて、僕は何度からかったことだろう。もしかして逆にからかわれていたんじゃないかって疑うほどだ。

 僕はその後、高校を卒業して上京した。東京に来て一番寂しかったことは、実際、もなかがいなかったことだと思う。4月を終えてゴールデンウイークには、だからすぐに実家に帰って、もなかを抱きしめた。もなかは、相変わらず全力で撫でたり遊んだりすることを強要してきて、ただただ可愛らしかった。
 実家に帰れば、面倒くさい人間関係のあれこれも、将来のなにがしかも、一切関係なく、何も言わずにさあ撫でろ!とはち切れんばかりに尾を振るもなかの存在に、僕は今までどれだけ救われてきただろう。このクソ面倒くさくて、ダメダメな自分を、ただそのまま受け入れて愛してくれたもなかに、僕は、ただ、感謝している。
 僕が今まで生きてこられたのも、このほとんど価値が無い人生が多少なりとも楽しかったのも、その多くは、もなか、お前のお陰だ。本当にありがとう。

 先週、最後にあったとき、お前はほとんど弱り切っていて、それでも僕の姿を見て、体を起こし、撫でることを要求してきてくれた。しばらく撫でて、それから一旦別のところへ行き、もう一度もなかの元に戻ると、お前は、いったいどうやったのか、首輪を外して近寄ってきた。だから僕らは、もうゆっくりとしか歩けないお前の速度に合わせて、ゆっくり、ゆっくり、庭を歩いた。日差しが暖かくて、僕は、去年一緒に見たグラウンドの桜を思い出していた。狭い庭を歩いて、疲れた様子だったので、僕は家に戻らせようとしたけれど、お前はそれを嫌がった。でも、僕がかがんで手招きすると、お前はいつものように、近寄ってきた。だから僕もいつものように撫でてやった。
 それが、僕らの最後の散歩だった。

 もなか。お前がもういないということが、僕は本当に辛い。でも、お前に言えることは、14年間、こんな自分と一緒にいてくれてありがとうということだけだ。お前が、自分の生涯をどう評価したのかはわからない。不満はあったかもしれない。別の家で過ごしていたら、もっと幸せだったかもしれない。だけど、もなか。そんなことはきっとお前にも、僕にもどうでもいいことで、お前は撫でられれば幸せそうだったし、僕はお前と過ごせて幸せだった。僕らの、あの日々は、幸せだった。それでもう、十分だろう?
 もなか、今までありがとう。
 もなか、さようなら。

2015年2月2日月曜日

理屈は道具

 理屈などというものは道具に過ぎない。何かが間違っていると感じるならば、理屈によって間違っているのではない。ある状態を指して間違っている、あるいは変えなければならないと衝動を直感しているだけなのだ。それに対して正しい理屈など追求したところで、状態がそのままならばなんの解決にもならない。しかし人は、苦しいときほど理屈に縋ろうとするように見受けられる。それを理屈によって解析するならば、状態を変えるほどの余力がないから対処療法的に理屈をあてがっているということだろう。状態を肯定できる理屈を構築することは、状態を変更することに比べて容易だ。しかし、状態が変わらなければ、苦しさもまた変わらないだろうし、いずれ破綻するだろう。
 理屈というのはありきたりの表現をすれば麻薬であって、つらい状況に対して一見解決のような爽快感を与える。しかし状態が持続すれば常に理屈が必要になり、最終的には自己否定の理屈へたどり着く。バッドトリップのような自己否定と、幻覚のような明るい理屈を繰り返すのは全く健全とは言えない。むろん、その循環を“生きているだけで素晴らしい”と絶望的に明るい理屈で肯定することは可能だが、いったい、それがなんになるというのか。
 有用な理屈とは、状態の変化を促すものだけであって、正しい理屈という言葉が意義を持つのは状態が改善されたという結果に飾られているときだけだ。そのときにおいてさえ、理屈によって状態が変えられたとするのは言いすぎだ。その都度その都度、条件によって理屈は変わって良い。逆に、どんなに言い返せないような理屈であっても、それが状態に何ら影響を及ぼさないのであれば、そんなものは捨て去るべきだ。
 現状がつらいのなら、理屈によって苦しいのではなく、理屈を求めても解決はないということを自覚すべきだ。また、現状に対して実行可能性のない理屈を主張されたとしても、どんなにそれが理に適った言葉であっても、馬鹿かお前はと捨て置いて良い。
 重要なのは、「すべき」という理屈ではなく、「したい」という意思だ。それを常に忘れずにいたい。

2014年6月28日土曜日

dp2qをてにいれた!

カメラによる最大のメリットは、得られる画像なんかではなくて、画を探す意思を持つことだと思う。
とは言うものの、dp2 quattroはどうしようもなく最高で、最高だと思える道具を使えることは大変恵まれた状態だと思う。
・・・たとえ20ヶ月に及ぶ支払いがこの後に待ち構えていようとも。

そんなわけで、愛しの犬猫をカメラで撮るために、週末は実家に帰った。


猫の寝姿がいつもの2倍愛らしく見える。quattroならね!
それはともかく、そろそろ夏なのだから人の上で眠るのはやめて下さい。
いや、嬉しいけど。嬉しくはあるけど。


犬と散歩中、撮影。



この季節と言ったら、この花というイメージがある。
蜜が甘いし、友達が蟻を誤飲したときの表情が忘れられない。


グラウンドでは大抵リードを外してあげる。
誰もいない僻地だからこそできる贅沢だ。


飛行機が飛んでいたので、慌てて撮影。
とっさのことだったから、モノクロモードのまま。
まあ曇り空だったから、いいけど。


とりあえず、本日は以上。

2014年6月27日金曜日

夜中の文章

目を閉じれば自由
現在は、常に頭のなかで構築されて、遅れて顕れる
それを少しずつ遅くする
現在は延長される
あるいは離れていく
更に遅くする
もはや外界との関係を思い出せないほど
遠くする
そうすればきっと思い出す
自分の自分に対する責任を思い出す
そして自由を思い出す
さて、目を開ける
一体条件がどれだけ変化したというのか
結局現在を構築する責任は変わらず
自由は離れがたくそこにある

2014年6月17日火曜日

超光熱視線

 方々で言っているので、ここでも以前書いたことがあるかもしれないが、僕は「皆様の応援のおかげで」みたいなリップサービスは馬鹿らしいと思っている。何が気に喰わないのか分析してみるに、まずファンの応援と結果は当たり前だけど相関関係がない。士気の高まりというのはあるかもしれないが、個人の能力に比べてあまりにも瑣末な要素だ。もちろん、そういったことは言わずもがな、言わぬが花という暗黙のうちに乗り越えるべき不合理なのだろう。しかし、それを置いておいたところで、依然として不愉快である。なぜならそのリップサービスを理由として、ファンはより一層の応援を頑張るからだ。別に、誰が何を応援しようと構わないが、その勢力が大きくなればなるほど、騒音が増し、鬱陶しくなる。従って、鬱陶しさを助長するような発言をやめていただきたい、ということだ。

 しかし考えてみると、世の中の商業的なスポーツの類はファンがいなければ、たとえバックに親会社があろうとも成立しないものである。つまり、「(今日のプレーは日々の練習と、自らに備わった才能の賜だが、それを成立、持続させるためには諸経費がかかり、それを負担する親会社は最終的にお前らから金を貪るために我々を必要としているので、結果的に)皆様の応援のおかげで」ということか。ずいぶん長いな。
 まあ、長くはあるが、そうまで言うならファンのおかげでということでも良い。しかしそれは、今日自分が生きているのは太陽のおかげだ、というのと同じことだろう。それ自体間違っていないが、そこをありがたがりすぎるとちょっと危ない人だ。
 そんなことを考えて、さらに、じゃあもし太陽を自分のファンと思い込んだらどうかというところまで妄想してみた。太陽が僕のサポーター・・・?毎日、日の出ているうちはずっと観戦されているのである。それで、「おいおい、その文章はないだろー」「うわ、今、同僚(女子)にドン引きされたぞ」「もういいよ!俺にやらせろ!」みたいなことを絶えず言われている。太陽に。すごい鬱陶しい。
 ああ、そうか、この鬱陶しさを与えられながら、それでも尚、「皆様のおかげで」と言えるのは、それ自体とんでもなくすごいな。とっても立派だ。僕なんか、太陽死ね!って思ったもの。勝手に妄想したくせに。

 そんなわけで、スポーツ選手たちはすごいなあと思いました。

2014年6月9日月曜日

正しすぎる人たち

 良いか悪いかは状況によって異なる。だからある人間が、良い人か悪い人かも状況によってことなる。状況は時間によって変化する。従って、ある人間が良い人かどうかは時間によって変化する。
 そして日本における一日の大半の時間は、良い人のほうが多い割合で存在すると思う。それだけ豊かだと思うし。でも、実際のところ、どうなんでしょう。
 そもそも人間が良い人であるためには何が必要だろう。法律が順守されていて、もっと小規模なコミュニティのルールも守られていることは必要そうだ。厳密に言うと、前述の2つが守られているとき、そのコミュニティにおいてその人は良い人と見なされる、という感じだろうか。
 そうすると、良い人が多いとは、成立し持続しているコミュニティが多いことを意味するんだろう。また、一人の人が多くのコミュニティに同時に属していることも重要だと思う。なぜなら人にはそれぞれ適正があるので、参加できるコミュニティが多いほど、適正に叶う可能性も増えるからだ。

 さて、こんな事を延々と書き続けるのも何なので、入るべき本題を探そう。いや、今回はタイトルを先に決めたので、入るべき本題は既に決まっていて、あとはどうやって侵入するかというだけの問題なんだけど。
 ネット上でよく見かける炎上マーケティングについて。あれに対し、スルースキルを身に付けることで、くだらないものを駆逐すべきだ、話題にするだけ餌を与えることになるから、と思っていたけれど、たぶんそれってムリだろうなと感じた。
 くだらないもの、わざと話題に上るように意図された誤謬は、意図されたとおり沢山の人の正義感に火をつける。しかし冷静に見てみると、そういうとき一番得をしているのって、一番正しそうに正義を振りかざした人のように思う。得って言っても、みんなの注目を集めるとか、賛同を得るとか、そういうものだけど。
 そうやって得をし続け、そのコミュニティで有名になっている人も多い。それが自覚的であれ無自覚的、あるいは結果的にそうなってしまっただけであっても、周囲からみたときそれがあこがれの対象となってしまっている場合が多い。
 普通、人は憧れたものを真似してみたり、応援しようとしたりする。
 そんなわけで、炎上マーケティング関連というか、ああいうのってむしろ正義グランプリみたいなものになっていて、彼らは炎上マーケティングを行っているんではなく正義グランプリを開催して、そのおこぼれを日々の生活の足しにしているように見える。

 そういった商売の手法が小規模では成立するので、正義グランプリは日々開催され続ける。考えるべきなのは、バカをどうやって出さないかではなく、正義をどうやって鎮めるかということではないだろうか。
 どうしたら、正義は鎮められるのか。一つには、フィルターを掛けること。この先生体情報の管理を端末から行うようになれば、システムの側で「この情報の閲覧はあなたにとって不快な思いをさせる可能性が高いが」というような警告を出すようにするとか。
 しかしこれに関しては、人が任意で選択可能なものにすると、うまくいかないようにも思う。なぜなら人は正義を示すの大好きだし、何かを非難してそれを共有したいし。
 どうしたらいいんだろう。もう少し考えてみようと思う。とりあえず、今日はここで。

2014年6月6日金曜日

気持ちは伝わってしまうが、言いたいことは伝わらない

 タイトルで終わりにして良いくらい、それだけのことだけど一応このテーマで書いてみたい。たまに、気持ちは伝わらない、なんて言葉を目にする。でも、面と向かって話をすると気持ちだけが伝わってしまい、話は伝わらないということの方が圧倒的に多い。気持ちに関する情報は、人間が対面して話をする時、もの凄く多い。表情も目も言葉の調子も、タイミングも仕草も、そのほとんどが気持ちを表してしまう。逆に、これを隠すのは非常に難しい。よく知った相手ならなおさらだ。気持ちなんて、本来的に伝わってしまうものであり、コミュニケーションの殆どの部分は気持ちのやりとりである。言いたいことなんて相手にとってみればウォーリーを探すより遥かにハードなことである。
 では、こうして文章を書けば言いたいことが伝わるかというと、それもまた困難である。なぜなら普通、日常において気持ちのやりとりでのコミュニケーションが強く強化され、それに合わせた言葉の装飾が訓練されているからである。つまり、いつもは気持ちによって補完された言葉の応酬をしているのに、いきなり文章だけで言いたいことを伝えろと言われても難度が高過ぎる。読む側も言葉しかない中から気持ちなんてものを探すので、コミュニケーションはベリーハードである。

 翻って自分の場合、気持ちはなるべく伝えたくない。むしろ隠したい。言いたいことだけ伝えたい。そう願っているが、どうしたって気持ちは伝わるし、言いたいことは歪んで送られる。相手の気持ちを理解しろ、と世の中ではよく言われる。気持ちを理解することが優しさであるとされている。しかし僕にとっては、気持ちを無視してくれるのが優しさだ。どうか僕の気持ちを考えないでくれと思う。

 とまあ、こんなことを書いていて気付いたけれど、ここに書かれていることは、ここで書こうとしていることは、ひょっとして僕の気持ちじゃなかろうか。つまるところ、僕は、受け取って欲しい気持ちだけを受け取れ、と望んでいるにすぎないのではないだろうか。
 じゃあもう、気持ちは汲んでくれなくていいし、この文も読んでほしくないし、こんな文は書かなければよかったな。それがわかっただけでも、これを書いた価値があるな。

2014年6月5日木曜日

愉快な逃避行

 最近、仕事中にしょうもない書き間違いや勘違いで無性に笑ってしまうことが多い。笑いのハードルが如実に低くなっているのを感じる。それで、気付いたことがある。忙しさ、余裕の無さと笑いのハードルは相関関係にあるということだ。つまり、昔は年長者がくだらない冗談を言ったりしていると呆れたり困ったりしていたが、それはつまり彼らが忙しかったり余裕が無かったりしたということなのだ。
 この現象の理由は、逃避の欲求にある。面白いという感情は、その状態へ意識を向かわせるためにある。つまり、意識が疲弊した環境に置かれ続けると、そこからなんとか抜け出たようとし、そのきっかけである面白いという感情、笑いを誘発しやすくなる、というわけだ。
 これは自覚的であったほうが良い。もしこの状態が末期になれば、もはやすべてが面白おかしく感じられるようになり、主観的には全方向極彩色のパラダイスと化すが、周囲から見たらコミュニケーション不可能な少なくとも関わりたくないアレな人である。そんな極端な状態に至らずとも、今まで培ってきた価値観、感性がこんなことで歪んでしまうのは大変残念なことである。面白さ、向かいたい場所、指向性はもっと理想へと向けられるべきだと思うからだ。
 何にでも面白さを見出すというのは資源の無駄遣いになりうる。つまらないものはつまらなくて良いし、笑えないものは笑わなくて良いというドライさを常に忘れずにいたい。

 それとは別に、つまらないことで笑っている人に対して、もっと優しくあっても良いかもしれないと思った。余裕の無さがその奥にある、もしくはあったかもしれないのだから。

2014年6月4日水曜日

眠いんだんだんだん

十分な睡眠を取ることが自分には必要だ。
そんなわけで、目を瞑りながらこの文用を売っている;。とにかく眠い。それでもこんなものを書いているのはなぜだろう。一体何の使命感なのか。不毛だ。しかし、この不毛さこそが、命綱としていざというときに機能する。総に違いない。そんな妄執と同じようなもので、きっと僕の爺医さんはいらない紐を要らないはこの中に蓄え続けていたんだろう。爺さんは随分昔になくなって、紐は箱ごと随分前に捨てられたけれど。そんな無駄な安心感が生きるのに役立つ。役立つと信じられる何かを持つことが大事だ。子供さえ騙せなくても、自分ならば騙せる。たぶんそういうものだ。何を書いたのか既に覚えていない。きっと変換ミス、打ち間違えの甚だしい何かが、ゴミが、またネット上に一つ増えたというだけだ・ごくありふれた生命活動だ。

2014年6月3日火曜日

特に意味が特にない特に

 なにかこう、継続可能で労力も少なく、なおかつ面白いネタはないだろうか。というわけで、復帰後すぐに放置していました。ただいま。
 最近、文章を打っていると、指が勝手に予測行動してしまう。上に大した意味もなく「ただいま」とか書いたけど、そのときも“いま”の時点で自動的に“す”が打たれた。なんだよ「ただいます」って。まあその自動化も極まれば、指の動きと別の思考を分断できるだろうから、無意識領域にはぜひ頑張っていただきたい。今、「いただきます」って打ちかけたけど。
 しかし、まあ、おそらく世の中のデスクワーク従事者の大半は、既にそうやって文字を打ったりしているんだろうな。つまり、こんなことを書いたところで自分の未熟さを際だたせるだけである。
 でも別に見栄を貼りたいわけでもないし、一番読んで欲しいのは数年後の自分だし、正直に、素直に、思うまま書いたらいいんじゃないかな。
 未来の自分に優しく。年長者におもいやりを、というのは正しい。自分の歩む道の先には、必ず老いた自分がいる。まあ、30くらいで死んだとしても、少なくとも今よりは老いているだろうから、間違いではないだろう。

 明日もなにか書けるでしょうか。頑張って、明日の自分。

2014年4月22日火曜日

むりくりハイパー

 また、性懲りもなく日記を書き始めることにした。たぶん三日坊主、と書いてしまうことで、書かなくなったときの精神的予防線を予め張らないと気が気でないヘタレですよ、どうも。
 4月になって、また一人暮らしが始まった。久しぶりに味わう一人っきりの開放感たるや新たに築かれつつあるゴミ王国に対する嫌悪感・罪悪感をものともしないほどだ。まあ、そんな開放感があろうとなかろうと、王国はできあがってしまうものだが。
 とは言え、3週目に入ってそろそろ飽きがくる。冷静になって見渡せば、開いた缶詰、お菓子の空袋、段ボール箱、割り箸。家を留守にしている間は、誰がどう見ても人の住めない汚部屋である。

 それはさておき、今回も隣人が歌をうたう人だった。しかも夜中に。頻度はあまり高くないが壁が大した遮音性を持っていないため、有り体に言えば不愉快である。なぜいつも、自分の部屋の隣人は歌うのか。ひょっとしたら、隣人が自らの意志で歌っているのではなく、僕が歌わせているのではないか。あるいはダンサー・イン・ザ・ダークみたいな感じで、本当は隣人は歌ってなどいないのではないか。隣人の歌などというものは僕の生み出した幻聴で、もっと言えば隣人などという存在そのものも、ああ、もういいです。
 そんな妄言はさておき、隣人の歌とはどうしてこんなに不愉快なのだろう。例えば電車の中で歌を口ずさむ不思議な人は多少いるとは思うが、僕はそれをそれほど不愉快に感じない。あるいは家の前を誰かが歌いながら歩いていても、顔を軽くしかめる程度だ。だが、これが毎日だったらどうか。あるいは、歌ではなくお経だったらどうか。
 特に文章の向かう先も決めぬまま、惰性ではあるが条件を更に変えてみる。もし、これが自宅ではなく、カラオケBOXだったらどうか。きっと隣人は、僕があからさまに不愉快な顔をし、あまつさえ壁ドンなんてやり始めたら、殴り込みにくるかもしれない。では更に、隣人が隣の部屋などという隔たりを持った場所ではなく、僕のすぐ隣で歌い始めたらどうか。僕には、壁ドンならぬ腹ドンをする勇気はない。僕に彼を止めるすべはない。であればもう、事態を受け入れ、順応するしかないのではないか。つまり、ユニットのできあがりである。伝説の始まりだ。目指せ武道館。何を書いているんだ僕は。

 しかし、思うのだが、もし隣人が僕の好みの曲を歌ったら、多少下手くそでも許容できるのではないだろうか。万が一頭がオカシイほど僕の機嫌が良かったら一緒に歌い出すことだってありえないわけではない。そのときはぜひ僕のところに救急車を寄越してもらいたいが、ともあれ、そういう入居条件があっても良いのではないか、ということを僕は言いたかったのだ!!え、そうだったのか、と僕自身戸惑って、5分くらいキーボードを打つ手が止まっていたが、つまりそういうことだ!
 遮音性の高いマンションを増やすよりも、趣味が合う人間を集めるという方向のほうが、日常が楽しくなるのではないだろうか。さらに状況を拡大させてみる。今、日本はある程度どこへ行っても大体同じような生活を送ることができる。田舎と都会はその度合を、可能なこととそうでないこととで測ることがほぼできてしまう。そしてそれはほぼ一直線だ。そうではなくて、もっといろいろな方面に特化した集合を形成していくべきではないか、というかそのほうが楽しいんじゃなかろうかと思うのだ。あらゆる公共スペースがミュージカルみたいな状態になる街とか、一切自動車を受け付けない自転車一色の街とか、あらゆる場所があらゆる落書きで埋め尽くされて常にペンキの匂いが漂う街とか、街全体がひとつの建物になってしまっている街とか、そういう極端な集合が結構な規模で存在する街があってもいいんじゃないかと思うのだ。それは経済効果云々じゃなくて、ただその方が楽しめるから、そういう人の受け皿として存在し、維持されるような、そういう街の作り方をしてもいいんじゃないかと思うのだ。
 では翻って自分はどんな街に住みたいかというと、静かな、できるだけ人のいない街がいい。たぶん生活が成り立たないけど。現状は。
 まあ結局、そういうのは今ネット上で少し形成されているけど、仮想現実が日常になったって、きっと上記のような街づくりがなされることはないようにも思う。何かを好きだという集団には、大体それに興味を持たない他人が必要なんだと思う。なんとなく、そう思う。

2013年10月28日月曜日

2013年8月16日金曜日

老人とタカシ


「じいちゃん、じいちゃん、肩たたきしてあげる」
「おうおう、タカシはいい子だなぁ」
「ねえねえじいちゃん、聞いてもいい?」
「よしよし何でも聞いてごらん」
「人って死んだらどうなるの」
「うーん」
「先生は、死んだら何もかもなくなるから、危ないことはしちゃだめだって」
「うんうん、そうだなぁ」
「でも、ばあちゃんは死んだけど、オボンに帰ってくるんでしょ?意味わかんない」
「タカシは賢いなぁ。そうそう、人は死んでもな、魂は死なん。そういうことなんだよ」
「タマシイってなに?」
「うーん、心みたいなものだな。ばあちゃんは死んだけど、ばあちゃんの心は生きているから、お盆になると帰ってくるんだよ」
「ふーん。じゃあさぁ、みんなもう死んじゃったらいいんじゃない」
「・・・うん?」
「みんな死んだら、タマシイだけになって、一緒にいられるんでしょ?じゃあみんな早く一緒に死んだらいいんじゃないかな。死んだ方がいいよね!」
「タカシ待ちなさい、タカシ!・・・とりあえず座りなさい。いいか・・・、死んだ人間は天国か地獄へ行くんだ。いい人間は天国へ行く。悪い人間は地獄へ行く。ばあちゃんは、いい人間だから天国へ行った。だからワシらはばあちゃんに会えるように、しっかり生きていい人間にならなくちゃいけないんだ。わかるか?」
「でもさっき、じいちゃんは僕のこといい子だって言ったじゃん。いい子なら天国に行けるんじゃないの」
「待て待てタカシ、自分で命を粗末にする人間は、どんなにいい子でも地獄へ行くんだ。それは、命を粗末にするのが悪い行いだからだ」
「じゃあ命をソマツにしないで死ねばいいの?」
「タカシ、自分で死のうとするのが、命を粗末にするということなんだ。わかるか」
「タサツに見せかければいいってこと?」
「全然違う、タカシ。それはハズレだ。というかそんな言葉どこで覚えてきたんだ」
「本で読んだ」
「タカシは本が好きだからなぁ。偉いなぁ」
「えへへ。じゃあ死んでいい?」
「待ちなさいタカシ。それは偉くない。死んだら偉くない」
「えー、じゃあばあちゃんは偉くない?」
「いや、ばあちゃんは偉い。そうじゃなくて、たとえばばあちゃんは病気で死んだ。そういうふうに、生きようと精一杯頑張ったけどダメだったときは、偉い」
「病気になればいいの?」
「違う違う。ばあちゃんは、病気になりたくてなったんじゃない。なりたくなかったんだけど、病気になった。そういうことが大事なんだ」
「わかった!僕も病気になりたくないけど頑張る!」
「わかってない!タカシ、待ちなさい。何をするつもりだったんだ」
「何って、病気になるように頑張るつもりだけど」
「まず、病気にならないように頑張りなさい。そうしないと天国には行けない」
「うーん、難しいね」
「そうだ、難しいんだ」
「わかったよ、じいちゃん、僕まだ死なない」
「うんうん、それでいいんだ。そうだ、肩たたきのお礼にお駄賃をあげよう」
「わ、ありがとう!じいちゃんはいい人だね。・・・あっ、そうか!」
「待ちなさいタカシ。たぶんそれは間違っている」

2013年8月14日水曜日

から


 最初に失われたのは何だったろう。何もかもが跡形もなく消え去ったあと、ようやく私は生まれた。そんな気がする。
 実際のところはよくわからない。わかるという言葉を使うために必要な条件を、このことに関して私は一切持っていない。けれどそれはわからなくても確かと言える事実だった。私はそれを神様よりも信じていた。そのことと、私という言葉の指す対象は断ち切ることのできないもので結ばれていた。
 生きることで取り戻せたものは、失われたものの何%になるのだろう。最初から、全てをもう一度取り戻せるなんて思っていない。幼い頃そのことで何度涙を流したか知らない。何かを手に入れるたびに、これでは全く足りないと思い知らされる。でもどれくらい足りないのかがわからない。それなのに、その量がどうしようもないほどだということだけはわかっていた。
 私は私になる前、いったい何だったのだろう。どうしてこんな喪失感をいつも抱いていなければならないのだろう。記憶を積み重ねることさえ、私には苦痛だった。
 いつか何もかも手放せる。それだけが救いだった。手放せることよりも、手を失えることが待ち遠しかった。手があるから、境界線が作られる。私は私の手を失うことで、きっと全ての手を同時に握れるだろう。以前はそうしていたに違いない。その証拠に、今まで握った全ての手は懐かしさを感じさせた。これでは全く足りないという確信を伴って。
 ときどき夢を見た。私のいない夢。この体は世界になく、私には何も見えず、何にも触れることができない。けれど全ての時を見て、全ての場所に触れ、それなのにどんな感情も動かない。目が覚める前、一瞬だけ安心を感じる。これこそがあるべき形、あるべき私なのだ、と。
 しかし目を覚ますとそのまやかしと、そんなものにさえ縋る自分にはたと気づき、心底絶望する。
 それでも私は夢を見た。何度も、繰り返し。
 そう、私はそれでも生き続けたのだ。
 でも、それは何のためだったんだろう。
 生きていると、色々なことに慣れてくる。喪失感にも慣れた。絶望にも慣れた。私は私に慣れた。
 そして生きていると、生きてしかいないのに、それでも色々なものを失う。失ったと気づくたび、私は微笑ましく思ってしまう。懐かしいと感じてしまう。そして、どうせ失うのなら、いいか、と今では少し思っているのだ。どうせ失うのなら、始めに何を失ったのかなんて小事ではないか、と。

2013年1月11日金曜日

ゴミ王国崩壊のとき

 ブログ上ではお久しぶりでございます。ええと、ワタクシ、なんだかんだありまして、この度東京から福島へ引っ越すこととなりまして。ほぼ十年続いた一人暮らしも一応これにておしまいです。
 どちらかと言えばめでたいジャンルの話なはずではあるんですが、全く嬉しくない。その理由は下図をご覧いただければ明らかでしょう。













 悪夢でしょう?これを今月中に全部片付けないといけないわけです。
 そんなの無理だよ馬鹿野郎!
 言っときますけどこんなの氷山の一角っていうか、我が家のあらゆる空間がこれなんですよ!もさあ、正直部屋ごと焼いてしまいたい。あるいは今後死ぬまで家賃払い続けてこれを放置したい。
 ・・・わりとマジで!
 どうして、こんな事になってしまったのか。ま、考えるまでもなく、これぞまさしく日頃の行いです。でもこれに関しては森先生がこんな感じのことを書いておられる。
『部屋と頭の散らかり具合は反比例する』
 すなわち、頭の中が明晰であれば混沌とした物の配置であっても問題がない、頭の中においてはそれは整理されているも同然だし、その能力があればこそ散らかった部屋はその部屋の主に許容されているのである、ということです。
 まあそのわりに、しょっちゅう物が無くなったと騒いだりしてますけどね、僕。それにここまでくると、頭の中が散らかるとか綺麗とか以前に空っぽなんじゃないかって疑惑もナキニシモアラズですけどね。
 そりゃそうなんですけど。ともかく、そんなことはどうでもよくて、重要なのはあと20日程度でこの我が部屋は空っぽにならなくちゃいけないってことです。僕の頭の中みたいに!無理!

 そんなわけで、地味に人生最大のピンチを迎えておる溝井でした。明日は燃えるゴミの日だ!!

2012年5月22日火曜日

遭難

気付いたら舟の上だった。あのひどい嵐を生き延びることができたのは、どうやら僕だけだったらしい。それとも、他の人々は別の船に助けられて、僕だけが置き去りにされたのだろうか。疑問に答えてくれる者はいない。一面には海と空。それだけだった。
僕が乗せられていた舟はちっぽけで、一人分のスペースがやっとの大きさだったけれど、古びた釣竿と木製の桶とオールが一応備えられていた。乗せられた。そう。少なくとも僕には、自分の意志でここに乗った記憶が無い。覚えているのはひどい揺れと、悲鳴と、暗闇だけ。僕はあのとき客室から出なかった。騒ぎが収まれば助かるのだろうし、収まらなければ死ぬのだろうと、そう思っていた。きっと日常にすがりつこうとしていたのだろう。獣の前で自分は透明だと信じ込む兎のように。そんなものはなんの助けにもならないのにと、今ならわかる。でも、あのときはもう、何もできなかった。きっと再び同じ目にあっても、何もできないだろうと思う。
けれど、その何もできない僕が助かってしまった。一体誰が、助けてくれたのだろう。その人は、それからどうしたのだろう。
見渡せる範囲には、あの船の残骸も、死体も、他の舟もなかった。太陽が沈む頃、ようやく自分が北の方に流されているらしいことはわかった。

この小舟の上での生活は快適さの対極にあった。穴が開いているわけでもないのにいつの間にかじんわりと浸水してくるので、日に5,6回桶で水を汲み出さなければならなかった。また、そのため長い時間深く眠ることも叶わない。目覚めはいつも衣服の不快な重さ。衝動的に服を捨てたくなったのは一度や二度ではない。
食事は当然魚ばかりだった。安全に食える魚とそうでない魚を見分けられるようになるために、僕は右の人差し指を半分失った。自分の指を食いちぎった魚は、不味くてとても食えなかった。でも他の魚達だって別に美味いというわけではない。食っても問題ない奴と、そうでないのがいるだけだ。ここでは食事もただの作業だった。喜びはない。ただ、空腹が苦痛だから、軽減するためにするのに過ぎなかった。
日差しは体中を焦がし、風は爪先を凍らせるほどだった。病気にかからないことが不思議に思えもしたが、ここでの生活自体が重い病と大差がないため、もはや健康でないことしかわからないというのが適当だった。
あれからどれほどの月日が経ったのかはわからない。ただ、遠くに浮かぶ救助船の幻覚を見なくなって久しい。幻覚でもいいから何か見たいと願っているのに。そこまで消耗しているのか、と自覚させられる。

夢を見た。
横たわる僕を男が見下ろしていた。薄汚い格好で、頭髪も髭も整えられておらず、目は濁っていた。けれど僕は、何故かその男が神様だと思った。
「私は神ではない」男はひどく聞き取りにくい声で言った。「そもそも神なんているわけがないだろう」
「ではあなたは誰ですか」僕は男に訊ねた。否、訊ねようとしただけで、そのとおり口が動かせたようには感じられなかった。
それでも男は静かに答えた。
「私がお前をこの舟に乗せた」
「あなたが?」
「そうだ。そのことはすまないと思っている」
「どうして?だって、助けてくれたのでしょう?」
けれど男は黙って首を横に振った。
「この舟に乗せてもらわなければ、僕は死んでいました」
「死んでさえいれば、この舟に乗ることもなかった。ここでの苦痛を味わうこともなかった。そうは思わないのか」
「それは・・・」僕は迷い、そして訊ねた。「では、どうしてあなたは僕をこの舟に乗せたのですか」
「自分をこの舟から降ろすためだ。お前は他人だ。他人だから、この舟でお前が味わう苦痛に、私は無関係でいられる。だが、自分の苦痛は自分で引き受けなければならない。自分を乗せるより、お前を乗せたほうが楽だから、そうしたまでだ。お前は舟に乗せられたことを、助けてくれた、と言った。それは私という他人の行為だからだ。お前が自分の意志でこの舟に乗ることを選んだとしたら、それだけで助かったとは思わないだろう」
「でも、生き延びている事実に変わりはありません」
「それがこの海でどれほどの価値をもつというのか」男は鼻息を漏らした。「私にはわからない。わからなくなったから、お前を犠牲にしたのだ」
「僕は犠牲にされたのですか?」
「そうだ。助けられてしまったせいで、この舟から降りられずにいる。もはや希望などないのに、生きるのをやめられずにいる。お前がこの舟を降りられるのは、別の誰かを乗せるときだけだ。私がそうしたように」
そして男はまっすぐ腕を伸ばし、遠くを指差して言った。
「目を覚ましたら、あちらへ向かうと良い。二日後、客船が嵐に遭遇する。そこに、乗せるべき者がいるだろう」
「助けろということですか?」
男は何も答えず、じっと僕の瞳を見た。
「では、見捨てろということですか?」
男は、まばたき一つしない。
「僕は助かりませんか?」
男は、呼吸さえしていないようだった。
「あなたは、助かりましたか?」
男は静かに目を閉じた。

目を覚ますと、いつもどおり、身体が海水に浸っていた。僕は上半身を起こし、桶をたぐり寄せる。
男の指した方角を見ると、穏やかな、平和そのものの海が見えるだけだった。あの日の前日だって、あんなふうに穏やかだったな、と僕は思い出した。

2012年1月19日木曜日

蜘蛛

その遊園地にある人影はたった二つだけだった。けれどそれは遊園地に異常があったためではない。むしろこの場において異質なのは二人のほうだった。
里中重は前方を行く小柄な女、七林結花の姿を目で追いながら歩いていた。駆け出しては立ち止まり、カメラを構えてシャッターを切る。彼女はずっとその繰り返しだった。
「いいところですね」彼女は振り返り、里中に言った。「来て良かった」
「でも一応廃墟ですし、足元に注意したほうがいいですよ」それでようやく里中は我慢していた助言を伝えた。
「大丈夫ですよ。転びそうになったら、里中さん、助けてくれるでしょう?」
「その自信がないから言ったんです」
「でも、探偵って普通そういうことができるんじゃありません?」七林は首を傾げた。彼女の肩まで伸びた黒髪もその動きに追従する。
「名探偵はそうかもしれません。でも僕はただの探偵です」
「じゃあ、練習しなくちゃいけませんね」
冗談なのか本気なのか。里中は七林という人間を測りかねていた。しかしその意図がいずれであっても、思わず頷いてしまいそうな力を彼女の笑顔が持っているのは確かだ。気を付けなければ、と里中は思う。そもそもここへ連れてこさせられたのも、その力のせいだった。
「そういえば里中さんはカメラ、持って来なかったんですね」
「まあ、撮ろうと思えばケータイで撮れますから」
別に何かを撮ろうとなんて思ってもいなかったが、里中はつい言い訳をした。
「それは違います。そんなことではいずれきっと後悔しますよ」
「後悔って、大げさな」
「本当ですよ。何かを撮りたいという瞬間にケータイしか持っていないというのは、それはもう大変な不幸ですからね。一応撮影できてしまうという点で、むしろ何も持っていない場合よりも。ああ、あのときまともなカメラさえ持っていれば、とその写真を見返すたびに思ってしまいますから」
「それは良いカメラを持っているから感じることです。僕にはカメラといったらこれしかありませんから、そんなことを感じたことも無いですよ」
「わかりました。そこまで言うなら今度まともなカメラをプレゼントしてあげます」
「そんなに後悔させたいんですか」そこまでってどこまでだ?と里中は思ったがそれは我慢した。
「もちろんですよ」七林はにっこりと笑った。
鼻から息をもらし彼女から視線をそらすと、ふと錆び付いた観覧車が目についた。同時に里中の中で幾つかの光景が再生された。それは、どれもこれもあまり愉快ではなかった。赤いガラス。突き立てられたナイフ。そしてあの歪な悪意。
「里中さん」七林の穏やかな声が彼を現実へ引き戻した。「あそこのベンチでお昼にしましょう」
七林はベンチに綺麗な白いハンカチを敷き、その上に腰掛けた。里中はその隣に、何も敷かずに座った。
七林が差し出した彼女お手製のサンドイッチはなかなかのものだった。特にパン自体が美味い、と里中は感じたが、それをそのまま伝える蛮勇を彼は持っていなかった。
お茶を飲みながら里中がぼんやりと空を眺めていると、七林が彼の顔を盗み見ているのに気づいた。
「何か?」
七林は首を横に振った。けれど、どうやら心配してくれているらしいことを里中は察した。そう、別にここへは遊びで来ているわけではないのだ。いつまでも逃げていたって仕方ない。逃げ切れるはずもない。
「七林さん。頭の体操って得意ですか?」
「え?」本当に意外な質問だったらしい。目を丸くした彼女の表情に里中は少し懐かしさを感じた。
「例えば、三角形の内角の和が180度以上でありうるか、とか、そういう類のクイズです」
「ああ。それでしたら、得意ではないですけど、好きですよ」
「では、食後に一つ問題を」里中は一呼吸置き、右手の人差し指を立てて七林の前に出した。「の、前に。タバコを吸っても良いですか?」
「ええ、どうぞ」
「では、遠慮なく」彼は取り出したタバコを咥え、火を点けた。「うん……。死んでもないのに、生き返った気分です」
七林の顔はなにか言いたげに見えたが、口の端を上げたままだった。そのことがありがたい、と里中は感じた。
「ある遊園地で、殺人事件が起きました。舞台はあそこです」彼は右腕を伸ばし、錆びた鉄骨を指さした。
「観覧車?」
「そう。事件はあのゴンドラの中の一つで起きました。ある男性がその中で亡くなっているのが発見されたのです」
「でもそのゴンドラには男性の他には誰もいなかった。そうですね?」七林は早口で言った。
「ええ。でなければ、問題になりませんからね」それを制するように、里中は意識してゆっくりと答えた。
「死因は?」
「ナイフで刺されてショック死です。ナイフはゴンドラの中に落ちていました」
「可哀想……」
「いえ、これはあくまで架空の問題ですよ」里中はできるだけ優しい声で言った。「やめておきましょうか?」
「平気です。それに、未解決のままじゃあ、もっと後味が悪いでしょう?」
――そうだろうか。いや、それはそうなのだろう。けれど。
里中は一瞬のざらついた感情を無視し、タバコの煙を吸い込んだ。
「でもナイフがゴンドラに落ちていたということは、犯人は相当な返り血を浴びたんじゃないですか?」
「まあ、普通はそうですね」
「ではあからさまに不審な人物もいなかったと」里中の反応を見て七林は唸った。「発見者は?」
「遺体の発見者は観覧車の係員です。ただ、事件の目撃者も別にいます。男性の一つ前のゴンドラに乗ったカップルが、そのゴンドラが不自然に揺れて、窓ガラスに何かが付着したのを見た、と証言しています」
「じゃあ、犯行はゴンドラが上にあったときに行われたということですか?ちなみにどの位置でしょう?」
「そうですね、ちょうど下がり始めたくらい、だいたいあの100度から110度くらいの位置です」里中は指さしながら説明した。
「あ、わかった。ゴンドラの中にナイフの発射装置が取り付けられていたんですね?」
「いえ、そういうものはありませんでした。ついでに言うと、何者かが隠れるようなスペースもありませんでした」
「うーん、駄目かぁ」七林は首を捻って目を瞑った。「その観覧車に隣接する高いものってありました?ジェットコースターとかそういう」
「一応あるにはありましたけど、飛び移るなんて現実的じゃないし、窓ガラスも割れたりしていませんでしたよ」
「でも、ドアは開けられたのでは?」
「鍵は外側から、閂タイプのものがかけられていました」
「そんなもの、いくらでも外せますよ」七林はふっと笑った。「でも、それも駄目なんですね」
「まあ、少なくともゴンドラの係員が発見したときは、鍵はかかっていたそうです」
「うーん」七林は唸ったまましばらく黙った。そしてゆっくりと里中の目を見上げ、囁いた。「ヒント」
「そうですね……。その遊園地はお世辞にも繁盛しているとは言いがたい状態でしたね。それに平日でしたから、どのアトラクションもほとんど並ぶ人がいなかったようです」
「他には?」
里中は答える代わりに肩をすくめた。
「里中さん」
「はい?」
「意外と意地悪ですね」
「それは、心外です」
「いいでしょう。びしっと解決して差し上げます」
彼女は天を仰ぎ、目を閉じて、静かに息を吸い込んだ。そのまま十秒ほど静止して、それから僅かに目を開けると観覧車を射るように見た。
「観覧車の係の方は、何人いました?」
「事件が起きたときに限定すれば、二人です」
「よろしい。犯人は二人のうち、いずれかです。そしてもう一人は共犯者ですね」
「目撃者の証言はどう説明します?」
「そちらも口裏を合わせているだけか……、いいえ、ただの勘違いね。いや、もしかしたら犯人が本当にゴンドラを揺らしたのかも。運転を一瞬だけ止めて」
「返り血の件は、どうでしょう」
「犯人は、発見されるよりもっと前、犯人と共犯者と、被害者しか観覧車周辺にいないような状況で犯行に及んだ。それで、ああ……」
「そう。目撃者が来るのを待っていたんです。遺体を乗せたゴンドラを廻しながら」
「だけど、それだと一つ不可解です」七林は里中に視線を向けた。観覧車に向けていた先鋭さを保ったまま。
「何が不可解ですか?」
「なぜ、わざわざ観覧車で殺したんでしょう。嘘をついたってすぐにばれるに決まっています。普通、計画的に殺すなら、絶対捕まらないように考えるはず。そこがズレているように思います」
「そうですね。まあ、それは」
「それは?」
「それはもう誰にもわかりません。どこかへ逃げる算段だったのかもしれないし、そこで殺すことに価値を見出していたのかもしれない。あるいは半ば冗談だった計画が何かのはずみで実行されてしまっただけかもしれないし、それとも本気でばれるはずがないと信じていたのかもしれません。そもそも」里中は無理に笑顔を作った。「これはお話に過ぎませんから」
「いいえ、お話だからこそ、落とし所があるのです。そうではありませんか?」
「そうかもしれません」
「でもそれは貴方が作らなければ存在しないものです。ねえ里中さん」七林はベンチから立ち上がり、身を屈めて里中の顔を覗いた。「犯人はどうして観覧車で事件を起こしたのですか?」
「わからないではいけませんか?」里中は彼女から目を背けた。
「それも一つの答えです。しかし貴方は別の可能性に囚われていますね。わからないという解答ではそれを誤魔化しきれなかった。そうではありませんか」
里中は何も答えられず、ただ唇を噛んだ。
「仮にそうであれば、いったんわからないという解答は捨てて、別の解決を探すのが賢明です。仮定しましょう。もしわかるとしたら、それはどうしてだったでしょう」
里中は必死にそれらしい嘘を探した。けれど、きっとそのどれもが彼女の前には無力であることを予感した。ふと、犯人はいつもこんな感情を抱いているのか、と思った。それは引き金を引く寸前の殺意であり、十字架の前にひれ伏す救済の渇望だった。
「わからないんです。本当に、ずっと。でも、夢に見る。彼女は蜘蛛で、ゴンドラは彼女の巣で。彼女が蜘蛛なら、獲物を巣で殺すのは自然です」
「ええ」
「だけど、それは彼女を客観視した、場合です。彼女自身は、その、主観では」
どうして言葉につまるのだろう。里中は自分が不思議で、不愉快で、消えてしまいたいと思う。
「主観では?」
「ただ、きれいだから、と。そうするのが一番きれいだから、そうしてあげたのだと」
「それに対して、里中さん、貴方はどう思いますか?」
「許されないことだと。たとえそう感じても、してはならなかったと思います」
「そうですね。私もそう思います」
そして七林は、美しい微笑みを見せた。
「それではいけませんか。それだけでは足りませんか?」
――ああ、なるほど。こういうとき、確かにカメラがあればよかったのかもしれない。里中は思った。もっとも、仮に持っていても撮れるはずがないし、そんなものに頼らなくともきっと忘れることはないだろう。
「いえ、それで十分です」
里中は答えた。
観覧車を見上げる。その赤く錆びたゴンドラには確かな悪意の残留を感じたけれど、もうそれほど怖くない、と里中は感じた。

2011年10月13日木曜日

ノスタルジア



 意識が芽生えた瞬間から、すでに土の中にいた。何も見えず、何も聞こえず、手足も動かせず、けれどそれが普通であることを知っていたので、心も静かだった。
 「誰かいる?」
 呼びかけると、声は意外と近くから返ってきた。
 「いるよ」
 「どこ?」
 「こっち」
 「こっちじゃ、わからないよ」
 すると声の主はかすかに笑った。
 「きっと目の前に木の根があるでしょう?たぶんその向かい側だと思う」
 「たぶん?」
 「だって見えないから。確かめられないわ」
 「見えない?君も?」
 「そうよ。だってきっと私たち同じ生き物だもの。でなきゃ言葉なんて通じない」
 彼女の推測を確かめようと、何とか前方に顔を動かした。口に当たった感触が確かに木の根だとわかった。
 「本当だ。目の前に、木の根、あったよ。でも、なんでわかるんだろう?」
 「必要なことは、私たち、みんな知っているの。生まれるってそういうことよ。準備ができたからこうして生まれて、生きている。君も私も」
 「それ変だよ。だって、そんなの僕は知らなかった」
 すると再び彼女の笑い声。僕は心が縮こまるのを感じた。
 「私もそう。知らなかった。でも教えてもらったの。君と同じように」
 「誰か他にここにいたの?」
 「うん。でも教えてくれたらさっさとどこかへ行っちゃったけど」
 「君もどこかへ行ってしまう?」
 「行かないよ。だって私、君よりほんの少し先に目を覚ましただけだもの」
 「じゃあ、僕も、どこへも行かない・・・。ずっと一緒にいてくれる?」
 「うん、きっとずっと一緒だね」


 それから彼女はいろんなことを教えてくれた。目の前の木の根から樹液が吸えること。他の生き物の振動が聞こえたら静かにしなければならないこと。
 そして長い月日を二匹で過ごした。春も夏も秋も冬も。幾度の季節が巡っても僕達は一緒だった。
 けれどある夏の日、別れのときが来た。それは生まれたときから決められていたことで、僕らはもちろんこの日が来ることをずっと前から知っていた。
 「絶対探してみせるから」
 「うん」
 「だから・・・、いってらっしゃい」
 「うん、行ってきます」
 言葉を飲み込んだ不甲斐ない僕を、いつもの様に彼女は笑い、そして地表に出ていった。


 彼女が去ってからの一日は、一年よりもずっと長かった。僕がどんなに願っても、身体はまだそのときではないと、上へ行くことを許さなかった。未発達のせいで脱皮がままならずそのまま朽ちても構わないと思っても、手足が自由になることはなかった。
 そしていよいよ僕にもそのときがきた。あの日から、ちょうどひと月経った頃だった。
 初めて目にする外界のことなんてどうでも良かった。微かに聞こえる同胞の声も、慣れない飛行を邪魔する風も、睨みつける鳥の目も無視して、僕は飛び続けた。


 上にきて二日目。その死骸を見た瞬間に、それが彼女だと僕にはわかった。彼女は、知らない個体と繋がったまま、干からびていた。
 幸せだったろうか。僕にはわからない。干からびた彼女の身体も、何も答えてくれない。
 僕は何かを失ったのだとようやく思い知らされた。彼女がすでに生きていないことなんて、ここに上がる前からわかっていたのだから、失うものなんて何も無いはずなのに。


 僕はそれからわがままを言うのを辞めて、全部身体の好きなようにさせた。自分が喧しく鳴くのを聞きながら、もう鳴く必要なんてないのにと思った。だって彼女はもういないのだから。
 それでも身体は、朽ちるまでぼくを鳴かせ続けるのだった。

2011年10月6日木曜日

林檎が落ちた

 僕がスティーブ・ジョブズに感謝しなければならないことは3つある。

 1つめは、優れた才能を持つ沢山の人々に、その才能を遺憾なく発揮できる道具を与えてくれたことだ。おかげで本当に多くの素晴らしい作品を今まで堪能することができた。特に森博嗣先生の小説に出会えたことは感謝してもしきれない。
 もしジョブズがAppleを設立していなくても、他のユニークな才能が同じようなものを創り普及させたかもしれない。でもそれにはきっと、もっとずっと長い時間が必要になっただろう。逆に言うと、ジョブズのおかげで僕達はずいぶん遠くの未来まで見せてもらえたと考えることもできる。人生は短い。だからタイミングは非常に重要だ。僕に影響を与えてくれた数々の作品に最良のタイミングで出会えたのは、本をたどればジョブズのおかげである、ということが多々あった。おそらくこれからもそんな経験をいくつもするだろう。だから、ありがとう。

 2つめは、道具に憧れを抱かせ、そしてその期待を裏切らないでくれるというプロセスを経験させてくれたことだ。僕の尊敬する多くの人がMacの素晴らしさを語っていた。幼かった僕はMacさえ手に入れれば自分も彼らと同じように素晴らしい物を創り出せると単純に信じ、いつか手に入れようと心に誓っていた。そして漠然と創りあげたいものを思い描いて楽しんでいた。大学に入り、アルバイトをして、ようやく手に入れたMacはたしかに素晴らしかった。けれど思い描いていたものなんてちっとも創れなかった。それは自分に技量も発想も根気も何もかも欠けていたからだ。
 Macがあれば魔法のように何でも生み出せると僕は思っていた。Macを手に入れてわかったことは、魔法を使うには色々と必要なものがあるということだ。Macがもし素晴らしい道具でなければ、僕は自分がダメな理由をMacに押し付けて逃避することもできただろう。でもそんなことはけして許されない。だから僕は現実を渋々直視する。Macを手に入れる前思い描いていた素晴らしい物を自ら創り出せるようになるまで。

 3つめは、人間はこんなふうにも生きられるという見本を見せてくれたことだ。僕はまだジョブズの半分も生きていないけれど、同じ時代に生き、その強い思想、強い意志をリアルタイムに感じることができたことに感謝する。それを感じることができたのもジョブズが創ったMacを通してなのだから面白い。本当にありがとうございました。


 ワンモアシング!
 iPhone4Sがfor Steveではないか、という意見を見たとき、背筋が寒くなった。もしそれを発案したのがジョブズ自身だったら凄まじすぎる。さすがにそれはないとしても、少なくともそれにゴーサインを出した彼の意思を継ぐ人たちがいるということだ。そう考えると、まだ当分未来は明るいんじゃないかと思うのだ。

2011年10月2日日曜日

誤謬

 シャッター街の中を急ぎ足で歩く。バスの発車時刻まであと20分。乗り遅れたら次はない。それほど大した距離でもないし、速度も言うほどではないのに、少し息が切れる。学生時代に比べてずいぶん体力が衰えたものだ。ここまで自転車で毎日通っていたなんて信じられない。記憶が一瞬風の様に心をくすぐって、かすかに笑ってしまう。
 バス停を一つ二つと通り過ぎて、記録に挑戦しているつもりはないけれど、歩けるところまで歩く。ついに発車時刻との差が5分を切って、コンビニ前のバス停に立ち止まった。もうひとつ歩けば運賃が60円安くなるけれど、そうやって何度も泣きを見た経験がこれ以上を許さなかった。
 西を見ると太陽の最後の抵抗が雲をかすかに染めていた。いつの間にかずいぶん日が短くなった。ついこの間まで夏だったのに。まあ、そのちょっと前は冬で、その先なんて色が見えないほどぼやけている。ずいぶん遠くへ来たのだな、と感じる。自分はあとどれくらい行けるのだろう。
 車の音に振り返ると、バスの扉が開いた。


 車内はいつも通り運転手と自分だけだった。いつもと同じように最後尾のシートに座る。目の前の背もたれには真新しい相合傘が彫られていた。きっと容易に消すことはできないだろう。よく見ると背もたれはところどころ塗料を塗りつけた形跡がある。これも同じように、上から塗料を被せられることになるだろう。しかし、考えてみるとそれはこの落書きの保護としても捉えられる。すると稚拙でどうしようもない子供らの感情が、ここに地層を形成しているわけだ。報われるといいな、と素直に思う。
 「お客さん」急に運転手がマイクで話しかけてきた。「どこまで乗っていかれますか」
 客が一人だから必要以外の降車場所のアナウンスを省きたいのだろう。いつもはこんなことを聞かれることもなく、勝手に目的地で停車してくれるのだが。どうやらいつもとは担当者が違うらしい。今日だけなのか、今後ずっとなのか。いつもの人は、そういえばもう引退してもおかしくない歳のように思えるが。
 そんなことを考えながら、しかし簡潔に行き先だけを答えた。運転手もそれ以外何も言わなかった。


 バスから降りると、風が少し寒いくらいだった。ポケットに手を入れて、すっかり暗くなった道を歩く。外灯以外、家の明かりさえない。昔はこの暗闇がとても怖かった。木々の擦れる音も、小川のせせらぎも恐ろしい物を潜ませているような気がして。けれど今はこの音がとても落ち着く。この暗闇にとても安らぐ。今日の晩御飯は何だろう。秋刀魚なんかが食べたいところだが。
 コンクリートの小さな橋を渡り、少しだけ坂を登って、T字路を左に曲ってーー、けれど我が家の明かりは見えなかった。出かけているのだろうか。けれど心臓の激しい音がそんな安易な解答を打ち消す。しかしあくまでもゆっくりと歩を進め、家の前で立ち止まった。否、家があるはずの場所の前で。


 その一角には、ただ闇が沈殿しているだけだった。家があった形跡さえない。


 そうだ。ここに家なんてない。どうしてそんな思い込みをしていたのだろう。


 歩いているうちに錯覚していたのだ。帰りさえすれば家にたどり着くのだと。


 でもそんなもの、ただ妄想。帰る家はここにない。そんなものどこにもない。


 では、どこへ行けばいいのか。家のない私は、どこへ帰ればいいのだろうか。


 しばらくした後、私は再び歩き始める。


 帰り道をゆっくりと。


 けれど辿り着かない。


 だから歩く。


 いつまでも。


 どこまでも。