ここはどこだろう、と思った。
日常を平坦と思わせしめるのは脳の学習機能による。脳は正常に働いている限り、情報を最適に処理するように整理していく。例えば記号化なんかが良い例だ。状況や対象に逐一全力で情報の収集、計算、一からの予測を行うのではとても生きてはいけない。だから脳はある一定の物事をひと括りにして処理を飛ばす。
逆説的に、この脳の働きによって人は異質なものと対面し、そして愕然とする。
そう、愕然とした。そして、ここはどこだろうと僕は辺りを見回した。
何の変哲もない、いつものバイト先の書店である。ただ、天井から流れてくる音楽が異様である事を除いては。
やけにこもった、多分70年代の歌謡曲。
ここは昭和か!!
どうやら有線を設定し直したらしい。犯人はパートのおばさんだろう。店で最年長である彼女は、強い権力を持っている。こういうおばさんが小売店などで権力を持つ事は日本において散見される事象であり、それには一応利点もあるので、そのこと自体を今更糾弾するつもりはない。問題は、如何にして店内に満たされた異様さを取り除くかという事だ。この事は僕の全脳細胞が悲鳴を上げている以上、速やかに解決されねばならない。
「あの」僕はおばさんに話しかけた。「有線変えました?」
「うん、すごく懐かしい感じでしょ。やっぱりいいなぁ」
やばいやばいやばい。このチャンネルをものすごく気に入っていらっしゃる。ここはきっぱりと意見すべきだ。
しかし僕は反射的に「そうですね」と微笑みのようなものを浮かべて答えていた。
…違うんだ。だってここで正直に「糞みたいな音垂れ流してたら客がいづらいわボケ」とか言ってしまったら、気まずいじゃないか。ああ、そうですよ、へたれですよ。はいはいうんこです、ぷりぷり。
自分がへたれである事を考慮すると、このおばさんが決定したチャンネルを無理やり変えるのは難しい。ならば、この状況を肯定的に捉えてみよう。
確かにこの糞音は若者には受けないだろう。けれど来店する若者の6割程度はイヤホンなどを付けているのである。つまり自分用の音を鳴らしているというわけだ。では店側が用意すべきは音を自前で用意しない層に対するものであってしかるべきである。
また、この店にも喧しい若者の集団というのは来る。彼らに対してこの糞音は凄くいづらい雰囲気を提供し、結果暗黙のうちに追い出す事が可能となる。
なんだ、良いことずくめじゃないか。高々店員の2分の1が瀕死の頭痛を患うだけでこれだけの恩恵を授かれるなんて、すばらしい。
…ふざけんな!!
結局、蛍の光を流すまで延々と歌謡曲は流れていましたとさ。
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