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| 今日の信号機 |
カレンダーを破ろうが破るまいが2月はもういない。ということで3月。いわゆる卒業シーズンというやつで、別れの季節とかいってむしろくっつこうとする人間たちの意志が発揮されるざわついた月である。
経験上、3月は形式では離ればなれになるけど結局今までと同じじゃんみたいに油断させる印象がある。で、4月とかも普通に連絡取り合ったりするけど、だんだん少なくなっていき、大体途絶えるのが5,6月。だからそれくらいの時期が本当の別れの季節だと思うのだけど、いかがだろう。いや、どうでもいいけど。
会えなくなって、でも未だに会いたい人ってどれくらいいるだろう。僕は3人くらい。一人は死んでて、もう一人は連絡先を知らなくて、あと一人は音信不通。じゃ翻って自分は誰かにそのように思われているか、と想像すると、面白いくらい真っ白。寂しいのがしんどくなることもなくはないけど、基本的にそういうのが好きだし、それを望んでる。
同窓会とかも想像すると面白い。もちろん自分は参加しないわけだけど、きっと誰も自分のことなんて話題に出さないし、脳裏をよぎることもないだろう。まるで最初からいないみたいな。あるいは透明人間みたいだ。
3月の雨音で目覚める朝はわりと好きだ。温かい布団が暖かなイメージを作ることに寄与しているのかしらないけど、幸福であるような錯覚を覚える。だから目覚ましを少し早めにセットして、微睡みを楽しむ時間を作ったりする。
そういえば、夢のなかで、件の会いたい人に会えたことはないように思う。夢みたいないい加減なものに汚されたくないからか、なんて馬鹿みたいなことを考えてみたり。
3月は別れの季節じゃないと思うけど、結局別れたことを思い出す季節ではあるかもしれない。

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