2011年3月7日月曜日

あの人は今

今日の信号機
以下の文章は2年くらい前に書いたものである。いま読むと、ネタがわからない箇所が幾つかあって、少し面白い。

ーー


「こんばんは。もはや話題にする方が恥ずかしい、そんな時代遅れなゲストを招いて在りし日を偲ぶ、あのヒトは今。司会はワタクシ小林です。
さて、本日ゲストにお招きしたのは、『私、キレイ?』のキャッチフレーズでおなじみ、かつて全国の小学生にとって下校中に会いたくない女性ベスト2に輝いていた、そう、あの方です」

「こんばんは、口裂け女です」

──噂は噂、でも感謝。


「さっそくお話を聞いていきたいのですが、口裂け女さん。今までどれくらいの子供たちに危害を加えてきたんですか?だいたいでいいので、教えてください」

「私個人は0ですよ」

「幽霊だけに。いや失礼。えー、その私“個人は”というのはどういう意味でしょうか」

「ブームが起きれば、便乗、模倣する人たちが出てきますよね。あるいは自分の犯した罪、または口にするのがはばかられる怪我をしたとき、多くの人が私のせいだ、ということにしてくれました」

「なるほど」

「それに噂というものは、語る場合具体例が遠からぬ場所である、とした方が話として盛り上がりますから、子供たちがいい加減にでっち上げてくれました」

「あの、それについては、感謝しているような口振りですが」

「ええ、もちろん。結局私は一人しかいませんから、短期間に全国を営業しようなんて無理があるでしょう?でも結果的に、噂の上では全国区ですからね。なんと言うか、恐縮です」

「化け物のくせに。失礼。しかし、確か口裂け女さんは100mを3秒で走れるとか、スポーツカーより足が速いなんてことも言われてましたし、一人でも十分日本中を回れたと思うのですが」

「そんな速く走れるわけないじゃないですか。私、口が裂けてる事以外は、一般人と大差ないんですよ」

「では、それも勝手にされた噂だと」

「ええ。これには少し困りました。ときどき子供たちに会うと、彼らは恐ろしがってはくれるんですが、その中に期待が入ってしまうんですよ。『滅茶苦茶速いに決まっている』と。なんか、裏切るの、心苦しいじゃないですか」

「はいはい、わかります」

「だからつい、ジムに通って体を鍛えたりしましたけど、人の体には限界がありますからね。どうしたって、車より速くなんて走れませんよ」

「まあ、そうですよね」

「さすがにそのときばかりは勝手な噂が少し恨めしかったです」

「あ、そのフレーズ、やはり似合いますね」

「え、ああ。それはどうも」


──ポマードは苦手じゃない。


「ところで口裂け女さんの由来と申しますか、誕生したきっかけというのは諸説ありますが、本当のところはどうなんですか」

「生まれつきに決まってるじゃないですか」

「えっ、そうなんですか」

「そりゃそうですよ。もともとの筋肉の付き方などが違いますし、後天的なものではやはり気持ちが悪いだけで、怖がってもらえませんよ」

「ほう、なんだか本場のプライドのようなものが感じられますね。そうそうプライドと言えば、口裂け女さんはポマードが苦手だそうですが、それも生まれつきですか?」

「その展開、無理がありません?えっと、ポマードですか。今後の営業に響くのであまり大きな声では言えませんが、実はちっとも苦手じゃないんですよ」

「ええっ、そうなんですか」

「はい。でも一応、子供たちはそう信じているので、苦手ということにしてしまってます。現物を出されたり、呪文のように唱えられたりしたら逃げますよ」

「車よりは遅いスピードで。失敬。ああ、そうだったんですか」

「はい。だって可哀想じゃないですか。まあ、私も別に危害を加える気はないので、そうされることで助かっている面はあるんですが」

「しかし、今時ポマードというのは……。失礼ですが今の子供たちには通じませんよね」

「ええ。それは案外大きな問題で、やっぱり古い単語が弱点としてあると、私自身が古びるというか、どうしても緊迫感やリアリティが欠けてしまいますよね」

「かといって、今から“ワックス”とか“アロマ”とかに変えたら、作り物臭くなりますしね」

「最初につけられるイメージ、単語というのは私たちにとって大事で、それが私たち自身の強度にもつながります。でも、ポマードには感謝してますよ」

「それはまた、どうして」

「あれが椿油とかだったら、ブームにはなりがたかったと思いますから」


──使命は果たした、老後は静かに過ごしたい。


「では、残念なことにそろそろ終わりの時間が迫ってきました。最後に近況などを伺いたいのですが」

「相変わらず、地味に活動しています。ときどき児童書の表紙に出してもらったり。あとは、放課後の時間帯を徘徊など」

「もう一花咲かせようという意志は、正直なところありますか」

「あまり……。自分はもう十分使命を果たしたと思っていますし。子供たちが大きくなるまではしっかり働くつもりですが、老後は貧しくても静かに過ごしたいですね」

「え、お子さんがいらっしゃるんですか?」

「はい、男の子で、今年小学校に入学しました」

「これで晴れて、下校中に会いたくない女性ベスト1になれたわけですね。えー、お子さんは、お口の方は」

「夫に似たのか、あまり裂けていません」

「そうですか、それは、我々としては残念です。では、最後にお聞きします。
貴女の、本当の名前はなんと仰るんですか?」

「口が裂けても言えません」

「口裂け女だけに!……おあとがよろしいようで。
それではみなさん、また来週」

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