2011年2月11日金曜日

処方箋

 何となくで再び書き始めた日記も無事三日坊主を回避成功。少なくとも正月よりめでたいと思う。そういえば前の会社の社長がこんなことを仰っていた。
「人が辞めたくなるのは3,6,1。三日目、半年後、一年後、三年後、六年後という具合にその周期が巡ってくる」
 たしかに、経営者からみるとそうなのかもしれない。実際自分も、契約の事情もあったとはいえ、半年で辞めたし。よかったね社長、自説の確からしさがアップしたよ!イエイ!

 さておき。自分でも変だと思うのだけど、なぜまたここに書き始めたのが今なのだろう。会社を辞めたのが昨年の12月末。それからひと月ぼんやりして、今月頭からまた働き始めた。先月のほうが時間的にかなり余裕があった。にも関わらず、その間ここを更新しようだなんて考えは一切浮かばなかった。では今回更新を再開したのはどういう動機かというと、なんとなく、としか言えない。
 そういえば、前のところに就職した時もブログをか再開しようとしたような気が。と思い履歴を見てみたら、そのときは2日で途絶えていた。まあ、うん、しんどかったもんね。
 しかし再開しようと思っていたのは事実らしい。さらにもう少し遡ると、就活を始めた3月末にブログを書き出している。それはひと月くらいで途絶えたけれど。
 つまり、何かを始めたときに、どうやら僕はここを更新しようとするらしい。といっても、始めた何かとはそれほど関係ないことが殆どだ。では、そうすることで一体何を得ようとしているんだろう。
 書くという行為は自分にとって喋ったり踊ったりするよりは慣れたことだから、精神的安定を得ようとしているとも考えられる。何かを始めるとき、あるいは知らない何処かへ行ったとき、そこで経験するあらゆる初めては結構大きなストレスだから、そこから逃避できるセーフハウスを内面に築こうとしている、とも考えられる。
 しかしそれとは無関係に、あるいはそういった背景が要求するからかもしれないが、僕がここを更新しようと思いつくのは、なにか新しいことを思いついたか、思いつきたいと願うからだ。
 だからおそらく、何かを始めた際に生まれるエネルギーの余剰が、ここで消費されているのではないか、とも思える。


 前の仕事をしていたとき、ときどきこんなことを考えていた。「ああ、もっと余裕があったら」「やりたいことがいっぱいあるのに」
 しかし実際には、何かをし始めたのは余裕があった先月ではなく、余裕が少なくなった今月からである。
 つまり僕のような怠け者は、生来楽をしようという機能が働いているらしく、必要なときに必要と思われる分だけしかエネルギーを用意してくれないようだ。それでは長期的な目でモノを考え先行投資をするというのが困難だから、いずれ改善したいとは思うが、現状の自分がそういう性質なのであればそれを受け入れ、それを利用して動かしていくのが良いのだろう。
 何かに行き詰まったら、何か別の新しいことをとりあえず始めてみる。あるいは新しい環境に自分を置いてみる。そうすれば、どこかに行けるのではないか。たぶんそれは立ち止まっているよりは有益なんだろうと思う。自分はただでさえ立ち止まりやすいのだから、意識の側は歩かせることだけを考えてあげるのがきっと良いバランスなのではないか。

0 件のコメント:

コメントを投稿