2011年2月17日木曜日

ちゃんと不愉快

 ボトルメッセージというアプリがある。メッセージを書いて送ると見知らぬ誰かにそれが届いて、返事が返ってくるかもしれない、みたいなアプリだ。iPhone版が一部地域で話題になっていてその存在を知ったのだけど、僕が試したのはAndroid版だ。iPhoneさえ持っていないようなクソマカーだからね、僕は。
 さておき、僕は夢野久作の瓶詰地獄という作品が好きだ。従ってボトルメッセージという名称から連想されたのは、その瓶詰地獄の雰囲気であり、きっとどうしようもない一方的なキチガイ文書がノイローゼになるほど送られてくるに違いない、という淡い期待を抱いてインストールしてみたわけだ。
 結果はとしては、そこにおける空気は一方的である意味キチガイじみていたが、僕の望むものではなかった。送られてきたメッセージを晒して説明すると、「好きな音楽は?」とか「不倫ってどう?」とか「ラブ注入♡」とか、所謂出会い系という感じのものが多かった。
 極めつけは以下のメッセージ。僕はこいつで度肝を抜かれました。
 「ちゃんと恋したい」(原文ママ)

 ははは。意味が分からない。そう思うのは自由だ。しかし、いったいなぜこんなモノを他人に読ませようというのか。「頑張って><」とか言われたいわけ?じゃ、頑張るってなんだよ気色悪い。どちらかというと「呼吸止めて><」と言ってやりたいわ。
 しかし、ここまで気持ち悪いものを読まされてしまったのだから、ここは一つ免疫を作るためにも、なぜこれがこんなにも不快なのか僕は考えることにした。
 「ちゃんと恋したい」
 まずこれを冷静に考えるために、構成する語句を別のものと入れ換えてみる。
 「ちゃんとご飯食べたい」
 なるほど、きっとこの人は、この人自身が想定する理想的な食事を取れていないのだと考えられる。たとえば三食食べれていないとか、一食にかけられる時間が10分もないとか、臭い飯を食わされているとか。

 では、なぜこれを他人に対して発信するのか。
 ①ネタである
 すなわち貧乏ネタであり、自虐ネタである。ではなぜそんなことをするのか。“わざと”それで笑いを取ることで、自らの境遇も“わざと”であると思い込みたいという願望があるのだろうか。
 ②同情が欲しい
 あわよくば飯を恵んでもらおう、環境を改善してもらおうという発想からそうしているのである。
 ③獄中日記
 つまり一種のルポルタージュであり、素晴らしいよね。

 さて、そうしたら今度は入れ換えた語句を元に戻して照らし合わせれば、結果は自ずと出てくる。両者に共通するのは飢えであり、欲求不満だ。ひどくみっともない、下品で、自分を貶める発言だと思う(ただし③の場合は除く)。
 そして両者に共通せず、「ちゃんと恋したい」に特有な不快さは、恋には生身の相手が必要ということから生じていると思う(踊り食いなどを除く)(二次元が好きな人を除く)。その発言に、相手を自分の恋愛劇場の道具に使おうというような感覚が想像されて、それがもうたまらなく嫌だ。

 でもまあ、正直に言えば僕自身にもそういう感覚はあって、だからこそ嫌悪しているのだと思うけど。

 そんなこんなで一応の解決も得たし、めでたしめでたしということで僕はメッセージボトルをアンインストールした。しかし興味があるなら一度試してみると良いと思う。発信者の爆発的増加に伴い基本的に発言に対する閲覧者が激減した今のネットにおいて、確実に誰かに読まれるというのは結構価値があると思うし。

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