そういえば、いつの間に実装されていたのかわからないけど、GoogleEarthの過去のイメージを見るという機能が面白い。今はまだストリートビューが実装されて日が浅いから劇的に面白いわけではないけれど、これがあと十年、二十年と時を経ていけばかなり浸れるコンテンツだと思う。 正直言ってコレをGoogleに独占させるのは惜しい。ストリートビューで表示されない地方が手を出すなら今しかない思う。今ならまだ何十年後かに街の売りとして看板にできると思うし、それほど長期的でなくとも、ストリートビュー的なものにリンクを貼り付けてその地域の名物的なものを売るようにすれば、ある程度買ってくれる人もいるかもしれない。
あるいはもしそれが一般的になって外部を引きこむことができないものとなったとしても、そこで暮らす人、暮らしていた人にとっては良いサービスになると思うのだ。というか僕自身、自分が育った村の、十年くらい前のストリートビューを見てみたい。まあ、今更無理だけど。あと無理を承知で言うなら、小学校とか中学校とかのストリートビューも見たい。もはやストリートじゃないというのはさておき。
さらにコレをかなり乱暴に延長させると、家庭内ストリートビューの導入ということになる。そんなものは個人個人、各家庭ごとに写真やビデオに残している、という意見もあるかと思うが、それとコレとは違う。少なくとも僕の知る限りではそういった媒体に残そうとするのは非日常である。非日常から日常の記憶を再生させる、といのは記憶媒体に記録するという行為自体が非日常的だった世代の言わば生活の知恵であり、全然駄目というわけではないが喪失する部分が大きすぎる。
この間、後頭部にカメラを埋め込んだ教授の話を見かけた。結局拒絶反応によってカメラを取り除くことになったそうだ。わざわざ埋めこまなくてもメガネに仕込むなり他に方法は色々あるだろう。それではなぜそうしなかったのか。おそらくわざわざ埋め込んだ、というセンセーショナルな行いで宣伝をするという意味もあっただろう。しかしそれだけではないのではないか。メガネなり帽子なり、それを付けるという行為を必要としないことによって、より日常に近いものを記録したかったのではないか。なんて思う。
いや、あるいは頭にカメラを仕込んでる人間に驚いた人々の表情を撮りたかったのかもしれないけど。
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