日常にはちっぽけな予感があって、何となく不安になったり、心配になったりする瞬間がある。そのざわつきに慣れない頃はつい一人で暴走してしまって、空回りをして恥をかいたりする。
しかし成長するにつれ、その感覚は薄れていく。なぜなら第一に、未来に生じうる不安要素を取り除くよう自らの生活を組み立てるようになるからである。第二に、後悔のフィードバックによってそれを感知する機能が抑えられていくからである。
つまり統合して言うと、そのような事態に陥る以前に対策を盛り込むようになり、かつそれを感じないように機能を抑制するようになるということである。
また、もしその感覚が現れても、慣れによって対処の仕方を学習していく。その対処も同様に、内側か外側に。
それにも関わらず未だにそんな感覚に慣れていない僕は、内側も外側もちゃんと処理できてない馬鹿者なのだろう。馬鹿者は馬鹿者らしく、足掻くしかない。空回りでも恥ずかしくても、最悪の事態を防げれば御の字だ。嫌な予感は妄想のままでいい。無事であれば、僕は頭のおかしい奴で、今はいいや。

0 件のコメント:
コメントを投稿