2011年8月20日土曜日

正直者A

 ある集団に利益をもたらすシステムが存在すると仮定する。このシステムによって利益を得るためにはルールを守らなければならない。
 さてここに善良なる市民Aがいる。Aは正直に生きることが正しいと考えている。
 Aはそれまで全うに生き、当然のこととしてルールを厳守しシステムによる利益を得てきた。
 しかしあるとき、Aはルールを破った。
 Aに、なぜルールを破るのかと問うと、Aは「その時の状況下で、正直な行いを通すのであればルールを破らざるを得なかったからだ」と答えた。
 Aの置かれた状況とルールを精査してみるとなるほどAの言うとおり、正直であるためにはルールを破らざるをえなかったようである。そのような状況であれば、たとえ誰であっても、正直者はルールを破らざるをえないに違いない。
 規則に従うのであれば、ルールを破ったAはシステムからの利益を得られないことになる。しかし、それでは正直に生きようとするAが不憫である。そこでシステムの管理者はAにこう言った。
 「見逃してあげるから、嘘をついてルールを守りなさい」
 Aがシステムから利益を得るためには、信念を曲げて嘘をつき、ルールを守らねばならない。このときシステムはAに対して自らが生む利益を与えるのと引換に、嘘をつかせるという不利益をもたらしている。Aはいずれの選択をしても不利益を被ることになる。
 これを解決するためには、ルールか、Aの信念を変える必要がある。

 Aのような信念を否定するのはおかしい、と考えるAの信念の支持者がいたとする。彼はシステムの管理者にルールを変えるように求めた。しかし彼の意見は却下された。なぜか、と問うとシステム管理者はこう答えた。
 「Aが正直であるままシステムから利益が得られるようにルールを変更すると、そのルールのもとでは『不正を犯してでも利益を得ようとする者』が最も大きな利益が得るようになる。そうすると、人は自らの利益を最大限にしようとする生き物であるため、みなが不正をすることになる。誰も正直に生きなくなる。そのためである」
 では不正を取り締まれるようなルールにすれば良いのではないか、と進言すると管理者は「それではシステムが破綻する」と答えた。

 すなわち、Aの信念を守ろうとすると、そんな信念が存在しなくなる、と管理者は言うのである。仮に管理者の言うとおり、ルールを変更した場合誰も、Aでさえその信念を捨てることになるとしたら、どうすべきだろう。
 信念だの何だのがわかりづらかったら、以下のように変えてみる。
 Aという生物種がいる。Aは現在の環境下では苦痛に満ちた一生を送らざるをえない。しかしAに最適な環境を与えると、Aは死滅する。どうすべきか。

 こういう話は極論過ぎる、物事において重要なのはバランスである、というのならば、生物種Aあるいは正直者Aの苦痛はどう見るのだろう。バランスよく、死なない程度に傷つけというのか。
 ルールを、より良いものに変えていこう、みたいなのがよくあるパターン。でもすべて問題を先送りにしているだけだ。そうして解決することはない。解決しない。それが前提だ。

 なんという中2的問いだろう。そもそもそんなこと書くつもりではなくて、単に「aに最適な環境を与えると、aはいなくなる」というケースって面白いねってことを言いたかっただけなんだけどね。でもそこまで抽象化するとありきたりだな。ウイルスとかって、そんなだよね。どうしたらいいんだろうね。

2011年8月8日月曜日

ハートに火をつけたら死にます

 外出するときにライターを忘れてしまうことが割とよくある。そういうときは涙を飲んで100円ライターを購入するわけだけど、最近買ったライターが妙だった。着火スイッチがやけに重かったのである。不良品か、もしくはこれで親指の筋肉を鍛えてムキムキに、みたいないかがわしい商品を掴まされたりしたのかと思ってよくよくライターを見てみると、「CR対応」と書かれたシールが貼ってある。
 CRとはなんだ。確かパチンコの機種の頭にそんな文字があった気がする。「CRフランダースの犬」みたいな。するとなにか。パチンコ業界に進出したライターである、ということか。ライターの火をつけるたび、目の前にはぎらつく電飾の中回るスロットが!リーチリーチ!確変でドル箱が目押し!みたいな。よくわからんけど。
 しかし着火スイッチをいくら押してみても、そんな幻覚は現れない。きっとマッチ売りの少女の呪いだろう。そりゃ、彼女が長年守ってきた領地が簡単に踏み荒らされたら黙っているはずもない。「アタイのマッチ、ナメるんじゃないわよ!」って吐き捨てもするだろう。

 さておき、自宅に帰って調べてみたら、どうもCRとはチャイルドレジスタンスの略で、子供が勝手に火を付けられないようにしようキャンペーン、みたいなものだということがわかった。
 しかしだ。この僕が購入した100円ライター、どう考えてもその目的は果たせないように思う。なぜなら子供というのは、自分たちではできないと想定されたことを率先してやりたがる存在である。むしろ「オレ簡単に火を着けられるよ!」と自慢の種になるような対象にしてどうする。絶対それで馬鹿にされて、「オレだって」と火を着けようとしてみるものの親指ではうまくいかず、手のひらで押そうとして誤って火が着きモンスターペアレンツ発動!ということになる。
 ここは一つ、完全なCR対応のライターを考えてみようじゃないか。

 思うに、着火を困難にする方向は無理がある。ユーザの利便と困難の度合いを調整して、結果子供にだけは火を着けられない、なんてことができる道理はない。では、子供に「絶対押したくない」と思わせるようにするのはどうだろう。
 例えば、新しい仮面ライダーの設定に「着火スイッチを押されると四肢に激痛が走る」というものを付け加える。そして毎週、怪人が着火スイッチを押すことでライダーがのたうち回り、ついでに背景にライダーの両親がめちゃくちゃ悲しそうな顔をしている映像を写す。もうシナリオの流れとか一切無視で毎週繰り返せば、子供はトラウマを植え付けられ、怪人と着火スイッチを憎むようになるのではないか。ライダーの人気は下がるだろうが、大事の前の小事だと思う。

 あるいは、もっと簡単に噂をでっち上げるのである。中学生以下の子供がライターの火を着けると、タバコ屋のババアの呪いで一週間以内に死ぬ、とか。30年前、タバコ屋のババアは子供がいたずらに着けた火で家ごと焼かれて死んで、今もまだその怨念がとかなんとかまことしやかに流せば良い。でもあんまり怖がらせてばかりでも可哀想なので、タバコ屋のババアの弱点を設定してあげるといいかもしれない。ポマードとか。そう、タバコ屋のババアは元口裂け女だったのである!はいはい。

 しかしこれらの策は即効性がないかもしれない。では、着火スイッチを押すとものすごいでかいモスキート音が出るようにするのはどうだろう。しかも、押すたびに5分くらい鳴り続ける。問題は喫煙者の親をこれまで以上に避けるようになることと、モスキート音フェチが現れかねないという点である。特に後者は恐ろしい。我々大人は、モスキート音=嫌な音と思い込み子供らに対する武器として最近持ち上げているが、どのような音にもそれが異様に好きという輩はいるはずである。彼がそのフェチズムに目覚めてしまって四六時中ライターのスイッチをカチカチするようになってしまってからでは遅い。

 いっそ着火スイッチを押したら10回に1回爆発するようにしたらどうだろう。指とか簡単に吹っ飛ぶ程度。これは凄く怖くて良いと思う。子供のみならず大人もけして触ろうとしないだろう。嫌煙優位の社会なんだし、これくらいやってみてはどうかね。そしていつか100円ライターがヤクザの脅し道具となるわけです。「それは・・・、ひゃ、100円ライター!兄貴それだけは勘弁してくだせぇ」「うるせえ、落とし前は自分でつけな・・・!」そんな任侠映画があってもいいんじゃない。